大黒天

所在地 高尾山1号路 飯縄権現堂脇
祭 神 大黒天、恵比寿天、福禄寿
ご利益 商売繁盛、五穀豊穣、子授け、縁結び

飯縄権現堂を正面に見て左手に大黒天の線刻像があります。普段は写真のようなお供え物もなくあまり目立ちません。とはいえなかなか立派な石像で味わいがあります。この像の左下にはもっと地味で小さな恵比寿天の線刻像もあります。よく注意しないと見過ごしてしまいそう。さらに右下の線刻像は縣敏夫氏の『高尾山の記念碑・石仏』によれば福禄寿だそうです。

毎年初甲子(かっし)の日には大黒天祭が執り行われます。上と下3枚の写真はその時のものです。よく大黒天は恵比寿天と共に商売繁盛の神様として信仰されますが、五穀豊穣や子授けの神様として農家の人達からも信仰されていました。

もともと大黒天はインドの夜叉神でシヴァ神の化身ともいわれていました。日本では大国主命と習合しました。よくダイコクの読みが同じだからといわれますが、じつは他にも共通点は多く、袋を背負うところや共に闇の部分と深い係わりを持つところなどです。
インドの大黒天は暗黒を支配していましたし、大国主命も黄泉(よみ)の国と関係を持ちます。
また、両神ともに性神ともいわれています。
大国主命は妻と子供の多いことでも有名で、そこから子授けの神、縁結びの神としても信仰されているのです。
また、神無月には全国の神々が大国主命の鎮座する出雲大社に集合して、せっせと全国の男女の縁結び作業をしてくださるわけです。

大黒天については『TAKAO』の「高尾山ふしぎ噺」→「高尾の変わり七福神」でも述べていますが詳しくは拙書『スキャンダラスな神々』をご覧ください。

子(ね)の日が大黒天のお祭りであるのは、大国主命のお使いが「ねずみ」だからです。本来ねずみは穀物を食い荒らすので農家にとっては大敵なはずなのですが、なぜ農家に信仰されているのか不思議でした。
でもすぐに答えが解りました。親分である大国主命(大黒天)に、子分達がいたずらをしないように叱ってもらうためにお祈りしていたのでしょう。

インドの大黒天は「マハーカーラ」といいますが、じつはこの近くに祀られている「ダキニ天(福徳稲荷)」を仏教に帰依させた実力神です。その時大黒天は体中に灰をまぶして死者になりすまし、墓場でダキニ天を脅します。
そこから、
ダキニ天
大黒天の妾だなどといわれています。

この日は初甲子なので特別にお供え物が並んでいました

お坊さまにお経を唱えてもらい、この日ばかりは大スター扱い

大黒天には「茶めし」が供えられます。
どなたでもご相伴できますが、少量を一度自分の手にとってからいただくのが礼儀です。

ほとんど判別不能ですが大黒天の左下に立つ恵比寿天。コンディションの良いときに撮り直します。…というより、拓本にしなければ無理でしょうか。

HOME  NEXT  BACK  MAIL