秋葉山本宮 秋葉神社

所在地 静岡県浜松市天竜区春野町
祭 神 火之火具土神(ほのかぐつちのかみ)
ご利益 火災消除、家内安全、厄除開運、商売繁盛、工業発展

「秋葉寺」のページでご説明しましたように、かつては修験色の濃い天狗でもある「秋葉山三尺坊大権現」が秋葉山(標高866メートル)の神でした。しかし明治以降、秋葉寺(三尺坊)と一線を画し、神道系の火之火具土神を祀るようになりました。この神はイザナギとイザナミの御子ですから、その格式は天狗と比べると天と地ほどの差があります。ましてや天狗とは全く関係ないはずなのですが…

とはいえ、天狗と縁を切ったのは神仏分離、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる時流の中で生き残るための策であり、結果的にはこの選択が江戸時代から現在まで続く秋葉信仰の隆盛を保ったといえます。しかし今でも秋葉神社に天狗が祀られていると信じて参拝される方は多いのではないでしょうか。

数年前、高尾パークボランティア会の先輩S氏が当社を訪れた折り「ここには天狗さんは居ないのですか?」と訊ねたところ巫女さんに「ここは神社ですから天狗さんは居ません」とはっきりいわれたそうです。しかし私が訊ねたとき(09年)には、「天狗バージョン」と「地元サッカーチーム・バージョン」の絵馬が置いてあり、さらにお値段(初穂料)一万円也の天狗の面が堂々と売っていました。買ったら「また何も知らないヤツが天狗を買ってたぞ」なんてバイト風の若い神職さんに馬鹿にされそうでしたし、それを売っているのも、キラキラした冠が不釣り合いな巫女さんでした。

じつはここの神社も一時は廃社とされましたが秋葉寺より一足早く明治6(1873)年に火之火具土神を祭神とし「秋葉神社」として再建されたのです。この時、三尺坊大権現は秋葉寺の本寺であった可睡齋に遷座されました。

その後、大戦中の昭和18(1943)年には山火事のため、山門を除く建物を全て焼失することになります。昭和27年には全国の秋葉神社の総本宮を唱えて「秋葉山本宮秋葉神社」と改称、現在の社殿が再建されたのは、つい最近の昭和61(1986)年です。この頃、山頂に通じる車道も整備されたそうです。

駐車場の大鳥居と見上げるほど大きな狛犬。非常に威圧感があり悪魔的で邪悪な雰囲気。もちろん個人的な感想です。私は口に出しませんでしたが妻は怯えていました。
台座には天狗の「羽団扇マーク」が。

 

寺院と見まごうばかりの立派な山門。右大臣左大臣は阿吽の相をしており、秋葉寺の仁王像と比較すると収益の差が歴然だ。

何よりも一番ギョッとしたのが、この悪趣味な黄金の鳥居(もちろん個人的な感想です)。
常夜灯もよく見ると天狗の象徴である羽団扇の紋が入っているではないか。
右写真は新興宗教団体の施設と見まごうばかりの式場の庭。

裏の秋葉路を少し降りたところに、唯一焼け残った山門が雨に煙って立っていた。ここまで来て、やっと心が和む。

「秋葉神社下社」です。山門から秋葉寺を経て約1時間半の下山、やっとたどり着きました。
ここでも冠を付けた巫女さんが例の天狗を売っておりました。
天狗を否定しておきながら、慇懃な顔をして天狗で金儲けをするな、と思いました。「初穂料」なんて片腹痛い。堂々と「売値」と書いて欲しい。そうしたら買ったのに…。かっこいいお面だったので、ちょっと残念。

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