赤紙仁王尊

所在地 北区田端
祭 神

仁王尊、不動明王、福禄寿尊天

ご利益 病気平癒

赤紙仁王尊は白龍山 寿命院 東覚寺の境内、正面横に立っています。阿吽の二像の後は不動堂です。
また、東覚寺は谷中七福神のうち、福禄寿が祭られていることでも有名です。

ここは私のオフィスから近いので時々お詣りに行きますが、写真でご覧のように、いつも赤紙が目一杯貼られており、仁王さまの素顔が拝めるときは暴風雨の後などに限られており、非常に希です。

仁王さまは本来、金剛力士として仁王門の中から境内を守る役をするのですが、この赤紙仁王は江戸時代初期の寛永十八年から、当時江戸市中に流行った疫病を鎮めるため、宗海上人によってこの地に建てられたそうです。

寺で分けてもらう赤い紙を、自分の患部と同じ場所に貼って身代わりになっていただき、病気の回復と心身の安寧を祈るのです。祈願が叶ったあかつきには草鞋を奉納します。仁王さまは日夜病人を見舞ってくださるので、草鞋が必需品なのです。

また、ここの周辺には東覚寺が別当になっている八幡神社や地元の人が祀っている小さな祠などが多くあります。

こちらは向かって左側の「吽型(うんぎょう)」の仁王さま。
右手のパーと左手のグーが非常に力強くてかわいい。
どっしりとしていて素朴な中に逞しさを感じさせる像です。
東覚寺のすぐ上に鎮座する田端八幡神社。
祭神が品陀和気命(ほんだわけのみこと=応神天皇=八幡さま)で、本来、赤紙仁王もこの神社の参道入口に立っていたそうです。
源頼朝が奥州より凱旋したときに鶴岡八幡宮を勧請したと伝えられています。

 

東覚寺から2〜300メートル離れた場所にある水神稲荷。
つまりあたり一面は田んぼで、時には河川の洪水被害などもあったのでしょう。
土地の人に大切にされている様子が窺えますが、詳しいことはわかりません。

水神稲荷からさらに数百メートル離れたところにある田端不動。
非常に狭い境内ですが、ちゃんとコンガラ、セイタカの二童子も脇侍として立っています。
こちらも土地の人に丁寧に祀られています。

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