花園神社

所在地 新宿区新宿
祭 神

倉稲魂(うかのみたま)神、日本武(やまとたける)尊、受持(うけもち)神

ご利益 商売繁盛、芸能上達、子授け

新宿の総鎮守として江戸時代以前からの歴史を持つ。本来は四ッ谷稲荷とよばれていたようです。
花園神社と改名したのは享和三(1803)年で、比較的最近のこと。その後、大鳥神社と雷電神社を合祀して現在に至っています。

境内には芸能浅間神社があり、藤圭子の「夢は夜開く」の歌碑が奉納されています。
境内では唐十郎一座の「黒テント」興行が開かれるなど、大衆、前衛的な文化芸能活動の発祥の地でもありました。
各種見せ物や演劇・踊りなどの興行(当時は三光院芝居とよばれていた)は江戸時代から続く伝統なのです。
ほかにも芭蕉の句碑などがあります。

境内中程には小さな祠ですが「威徳稲荷」も祀られていて、女性からの信仰も篤いということです。

花園神社の裏にはゴールデン街があり、ここは多くの芸術家や芸能人が下積み時代に飲み明かしたという話の多い飲食街です。
私も若い頃、短い間ですが新宿に住んでいたことがあり、時々通いました。
奥のカウンターにうつ伏して寝ていた男が、明け方にむっくり起き出したので見ると、今は亡き「タコ八郎」氏だったので驚いた記憶があります。
今は店のオーナー(やママさんたち)も代替わりして、だいぶ若返ってしまいました。

正面上の幣額にはそれぞれ三社の名が刻まれている。

境内の中程にある「威徳稲荷」。家内円満、夫婦和合のご利益にふさわしく、狐も親子です。
気付く人はほとんどいませんが、「威徳稲荷」の裏に回ると写真の男根石が立っています。
カップルでお詣りの際は、ぜひこちらにもお立ち寄りください。
また、社務所のウインドウには展示されていませんが「威徳稲荷の夫婦和合のお守りを下さい」といえば男女の性器をかたどったお守りを渡してくれます(小さなものです)。

十一月の大酉祭には多くの熊手を売る屋台が出ます。眺めて廻るだけでもご利益がありそう。

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