皆中稲荷神社

所在地 新宿区百人町
祭 神

倉稲魂(うがのみたま)命

ご利益 勝運、宝くじ、受験、射撃上達

「かいちゅう」または「みななか」いなりとよびます。JR新大久保駅の改札を出て左に行くと交番があり、その横がこの神社の入口になっています。
上の写真でも左下に警察の自転車が見えます。いつも掃除をしていますが境内は非常に雑然としている印象です。
決して荒れ果てているわけではありません…ただ、なんとなくですが、ガラクタが多いのです。

創建は種子島に鉄砲が伝わった天文十二(1543)年といわれ、以来鉄砲と係わりの深い神社で、徳川時代はじめの寛永年間にはこの近くに幕府の「鉄砲組百人隊(現在の機動隊のような存在)」が駐留。
町の名(百人町)もここからきています。

鉄砲組百人隊の中にはなかなか腕が上達しない隊員もいて、ある時、訓練に疲れ果ててウトウトしていると、夢の中に老人が現れ、当神社の霊符だを渡したという。
それ以来この隊員の腕は百発百中となり、この噂が江戸市中に広まって鉄砲組のみならず藩校の試験を控えた武士や、その子弟からの信仰を集めたといいます。
ここから、現代でも宝くじの当選祈念や受験生からの入学祈念にご利益があるとして人気を集めているのです。

お尋ねしたことがないので、ここのご祭神を知らないのですが、上記の話から「老人=倉稲魂命」と判断しました。違っていたらお許し下さい。

かつて幕府の鉄砲組百人隊が出陣式を奉納したことにちなみ、現在でも奇数年に甲冑に身を固めた武将たちが火縄銃で古式にのっとり、試射を奉納しています。この近辺に住んでいたのは二十五騎組(百人を四組に分けていたという)のうち大久保隊とよばれた一隊だったそうです。左の写真は解説版から複写しました。

一番上の写真の駅に近い入口は正面ではなく、この赤い幟の先が正面の鳥居になっています。

ご覧のごとく、近隣の稲荷祠が一角にまとめられて雑然と祀られており、なんだか狐がお気の毒…というか、ポンコツ祠の溜まり場。どう見ても、もう狐さんは逃げ出した跡、といった感じ。

JR大久保駅の改札を出ると、ほぼ正面に鉄砲組百人隊のイラストがあります。

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