万治の石仏

所在地 長野県諏訪市下諏訪町字石仏
祭 神 阿弥陀如来
ご利益

よろずおさまる

諏訪大社の下社春宮から10分あまりの田んぼの中に鎮座していると案内には書いてあったのですが私が行った時、そこはは田んぼではありませんでした。あまりにも有名になって見物人も増えたためでしょうか、ちょっとした街角の公園のようになっていました。

その一角の入口には、ちゃんと観光協会と商工会議所が提唱する「お参りの仕方」という解説版まで立っている。それによりますと
一、正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる。
二、石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する。
三、正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する。
ということになっています。「えぇっ? そんなシステムなの?」 とは思いましたが、なぜか逆らえないものです。

ということで、田んぼはもはやムリです。写真のように、いつも人がグルグルまわっているからです。しかし デカイ石です。大昔、すぐ下の砥川が氾濫したときにでも流されてきたのでしょうか。地中から出てきたとは思えません。

伝説によると諏訪大社(春宮)に石の大鳥居を作るため、この石にノミを入れたところ、そこから血が流れ出したということで石工達は恐れて仕事をやめたが、その夜他の場所に良い石材があると石工に夢のお告げがあり、そこの石材を使って鳥居が完成したという。そしてこの石には阿弥陀如来を彫って祀ったという。その時のノミの痕が残っているというが、捜しきれなかった。
印を結ぶ手は巨大な身体にそぐわぬ愛嬌がある。この手も、この石仏の大きな魅力だ。

頭は別の石を載せてあるということで、独りでに回るという噂もあるが回そうと思えば可能らしい。仏尊の顔というより、モアイ像やアメリカ大陸の古代石像に近い。全体的に、かなり個性的だ。

左は石像に彫り込まれた文字。向かって左下にあるが、これによってこの像が阿弥陀如来であることがわかる。
「万治三(1660)年11月1日、願主明誉浄光心誉廣春」とある。

右は石仏から少し離れたところに立っている碑で、文字は岡本太郎。裏には「峡の田に座して 石佛のどかなり 正人」の句が彫られている。

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