紅葉稲荷

所在地 長野県戸隠村荒倉山毒の平
祭 神 鬼女紅葉 山の神
ご利益

不明(万能か)

じつは鬼女紅葉の伝説は室町時代の能作者・観世小次郎信光によって作られた『紅葉狩』で有名になった創作話です。それが明治時代に書かれた『北向山霊類記』によって今のスタイルに確立されたものなのです。それ以前から鬼の伝説はあったらしいのですが、大方の推測ではこの辺りに「女盗賊の一団」がいた、といった程度のものでした。したがって鬼女紅葉の伝説は、比較的近世に作られたものといえます。

つまり、一般的に伝説とは作られたものであり、時代と共に変化していくものだということです。とはいえ、そこにはもともと何らかの伝承や痕跡があり、それを後の人がロマン的味付けをしたというわけです。

今でも鬼無里の人にとっての紅葉は「鬼女」ではなく「貴女」。荒倉山の人にとっては体制と戦う「勇猛な鬼女」。戸隠の人にとっては「残忍な鬼女が率いる盗賊」と見られているようです。一説によると紅葉は、戸隠周辺で男性中心の修験道が台頭する中、滅びつつあった漂泊の巫女ではなかったかともいわれています。

しかし伝説は人々のロマンをかき立てます。何も目くじらを立てる必要はないでしょう。私も鬼女紅葉のロマンに浸りたい一人です。

戸隠には姫野公明というすぐれた女修験がいました。彼女の十七回忌を期し、地元の方々を中心に構成された「鬼女紅葉を偲ぶ会」によって昭和六十一年に建立されたのが、この紅葉稲荷(前宮)です。

こちらは鬼の岩屋に祀られている奥宮。周りには能関係者などからの、多くの木柱が奉納されている。(岩屋の写真は「足神社」に載せてあります)
「鬼女紅葉祭り」で奉納された獅子舞。

正直いいまして鬼女と稲荷が合体しているとは…どうにも納得がいきません。
なぜ素直に「紅葉神社」としなかったのでしょう。

紅葉稲荷(前宮)の脇には古くから「山の神」が祀られていたそうで、御神体は背後の巨岩らしい。紅葉が荒倉山に籠もるにあたって自ら祀り、祈願したといわれる。私が見たこの小祠はかなり新しいものでした。

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