ぞえじいの「珍宝」大公開

ここまでご覧になっていただければ、どの程度のモノかは想像に難くないと思います。
どれ一つとっても一般の方が考える「お宝」とは程遠いものばかりです。

つまり金銭的価値はどうあれ、私にとってはこの上もなく素晴らしいモノ。
持っているだけで幸せな気分になれる…それって「お宝」以外の何物でもありませんよね。


我が家の大黒さま
私が生まれたときから我が家にいらっしゃいました。打ち出の小槌に乗っている鼠は脱着可能。
子供の時、この鼠の尻尾で床の間の壁をガシガシ削ってエラく怒られました。
で、鼠の尻尾は1センチ程短くなってしまったような気がします。
若い頃の私は「こんなもの趣味が悪い」なんて思っていたため、隅に追いやっていたいたのですが、
父が亡くなってから、この大黒さまが、やけに父に似ていることに気付き、めでたく復活。
銅製で高さ約33センチ。かなり重く、裏にはっきり読めないのですが「祥雲作」と書いてあるような…
表情も大変穏やかで、かなり良い出来です。

「飯縄大権現掛け軸」
2004〜5年頃、戸隠民俗館・忍法資料館に取材に行った折り、館長さんから「ウチにも飯縄権現の掛け軸があるよ」といわれ、奥からゴソゴソと引っぱり出して見せてくださったのがコレ。「こんな立派なもの、なぜ展示しないのですか」と質問すると「下の方(盤石座)に高尾山って書いてあるだろ? 前の館長が入手するときに気付かなかったらしいんだ。戸隠で高尾山はちょっと…」とおっしゃる。
それから戸隠民俗館に顔を出すたびに「あれ、しまい込んでいるだけだったら、ぜひ譲ってください」とお願いし続け、やっと念願が叶った次第。この時ほど「一心に願えば叶うものなのだなぁ」と実感したことはない。やれ、ありがたや…。

作者名もなく、表装も安っぽいが飯縄信仰を研究している私にとっては極上の宝物。上部にベタベタ押してある神印は薬王院のおふだに押してあるものと全く同じであることから、どのような経過を辿ったものかは不明だが、高尾山薬王院から出た掛け軸に間違いはないだろう。
いずれにせよ、私の向学心と情熱に飯縄権現様がお応えくださったことに間違いはない。
画の部分だけで高さ約68、幅25センチある。

「飯縄大権現ミニ掛け軸(印刷)」
こちらは薬王院のおふだ配布所で求められる全面印刷の飯縄大権現の掛け軸。画の部分は30×15センチほど。普段はこちらを掛けています。

「飯縄大権現木彫りペンダント」
高さ約8.5×幅5センチの木片ペンダント。高尾山に時々現れては路上で自作の天狗面などを売っている彫物師の男性から入手しました。無許可販売なので、いつどこに出没するかは不明。最近お目にかかれないのが残念。
お安かったが非常に良くできているので大変気に入っています。しかし彫る人も買う人も「変人」ですね。

「荼枳尼真天ミニ掛け軸(印刷)」
赤坂の豊川稲荷(妙厳寺別院)で入手しました。画の部分は高さ約34センチ×横13センチ程で、全面印刷です。しかも赤版が少し版ズレをおこしています。印は後でちゃんと押してある。これは普通のおふだ授与所(いわゆる売店)ではなく、本堂に上がったところの、お坊さまが直接手渡してくれる授与所に置いてある。
どこの寺社でもそうなのですが、このテのご神影の描かれた掛け軸はお守りなどが並んでいる棚には置いていない。わざわざ聞かなくては出してこないところが多いし、だいたい質問すると「こいつぅ、一体何者だ」といった怪訝な顔をされる。まぁ、私は神仏マニアというだけなんですが…そうも言えませんしね。

「一言主大神掛け軸(印刷)」
この凛々しいお姿に思わず「かっこい〜…欲しいなぁ〜」と言って考え込んでいたら、私の友人が「う〜ん、じゃぁオゴってあげるよ」 と言って買ってくれたのです。妻は「え〜恥ずかしいぃ。そんな話は初めて聞いたよ〜」と叫んでおりました。まぁ、神社のおふだ授与所の前でそんなやりとりをしているのも実に変な光景だったでしょう。
私の友人は某病院の理事長で、私はその病院で人間ドックを受けた帰りのことです。そこから車で30分ほどの上総市・一言主神社に参拝した時のできごとです。画の部分は高さ約48×幅18センチ。
今、私の机の正面に飾ってあります。やっぱりかっこいい。

「両皇大神掛け軸(印刷)」
筑波山の神さまですから当然、男神である伊弉誥尊(いざなぎのみこと)と女神の伊弉冉尊(いざなみのみこと)です。もともと筑波山は二峰あるので筑波男神と筑波女神を祀っていたのですが、明治以降その男女神にイザナギ、イザナミを当てられました。古代から若い男女がこの山の山頂(女体山側)に集い、歌を詠み合って(歌垣)交歓したという記録が残っていますから、今でもカップルに人気があります。私はボランティア会のオヤジ連中と筑波神社に行ったときにこの渋〜い掛け軸を入手しました。

「平将門公御影」
将門公の遺跡というか、面影を求めて茨城県坂東市の国王神社に行きました。まぁ、平日ですし予想はしていました。たいていそうなのですが、祭り(シーズン)を外すと、このテの神社は無人です。 そういう場合はすぐ裏手のお宅などにアタリをつけて氏子の方を捜すわけです。社務所の鍵を預かっている親切な方に巡り会えればラッキー。
しかも棚の奥を探ってくれたりして…。そのようなわけで入手した貴重な平将門公の武者絵であります。約38×27センチ。

「羽ばたく飯綱三郎天狗展ポスター」
06年の夏、長野県上水内郡飯綱町牟礼の「いいづな歴史ふれあい館」から招待状が届きました。「羽ばたく飯綱三郎天狗展」を開催するにあたり、私の著作を参考文献(のうちの一冊)にしたというのです。戸隠には毎年出かけていますので、さっそく出かけました。学術員のKさんに出迎えていただき丁寧な解説をしていただきました。
ところが、このポスターはそこでいただいたものではありません。他日、戸隠神社の神職であり、飯縄神社里宮の宮司をされている越志先生のお宅(宿坊)でお話しを伺っていた時、偶然にも「いいづな歴史ふれあい館」の方がポスターとチラシを置きに見えたのです。このB2のポスターはその時いただいた一枚。写真は上杉謙信の兜の前立。

「ガルーダ木像」
高さは120センチ以上あります。我が家では家具や大型電気製品に次ぐ大きさがあります。狭い私の仕事部屋に収まっている実物を見ると、かなり大きく見えます。翼は脱着できますが、本体だけでも70数センチあり、かなり重い。かなりの迫力で、来客は一様に「おお〜っ!」というお声を発します。店をたたむという民俗品店から安くで購入しました。
ガルーダとは日本ではカルラ天といいます。龍を喰らう鳥類の王で、インドネシアではガルーダ航空のマークにもなる人気神。もちろん私の守り神でもあり、いつか金の卵を産んでくれると信じています。

「宇賀魂命(うかのみたまのみこと)御神影」
幕末から明治にかけて生きた鬼才・河鍋暁斎のダイナミックな作品。55×41センチほどの大きさで、かなり立派なもの。版木は現在、戸隠・横倉家(旧十輪院)の「開運稲荷」御本尊となっている。その姿は凛々しい荼枳尼天である。もちろん、この版画は当主の横倉英起氏から譲っていただいたものだ。まさしく「お宝」です。

「伝説 鬼女紅葉の図」
07年の紅葉祭りの会場でゲット。A3サイズで500円。
原画は松代藩の三村養益という狩野派の絵師。紅葉祭りの様子は「mini mini 紀行の鬼女紅葉祭り見聞録をご覧ください。

「熊野権現那智宮曼陀羅」
08年5月に「熊野古道ウォーキング」のツアーに参加。熊野那智大社で入手。原図は横160×縦150センチだが、この複製は横約48センチでおよそ1/9の大きさ。風俗や人物の動きから見て室町時代のものであろうといわれているが、熊野信仰を知る上では大変参考になる。牛王符(おふだ→神・権現参照)とともにぜひ入手したかったお宝です。
「三國第一富士山禅定図」
富士信仰のかつてのメッカだった村山浅間神社を参拝した折り(やはり無人)地元の氏子の方から親切にいろいろと話を聞かせていただいた。その時に譲っていただいたもの。
これは寛政年間(1789〜1800)に富士山村山別当の浄蓮院から出された木版刷りで、いわば当時のプレイマップ。掛け軸用にしっかり裏打ちされている。人気の山梨県側に対抗し、東海道側の村山修験の正当性をアピールするために作られたらしい。レプリカの作成は日本山岳修験学会評議員・日本宗教学会会員の山本氏。

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