絵馬-神の使い・動物

神のお使いとなれば、第一に「狐」を挙げなければなりませんが、
それは「ぞえじいコレクション1」→「狐グッズ」をご覧ください。
また、龍・蛇は前編でご紹介したとおりです。
ここでご紹介するものは、馬や鳥などです。
一部、十二支のものもありますが、基本的にはあまり独自性が感じられませんので
なるべく目をつぶって入手しないようにしています。

動物を神の使いとする考え方は自然崇拝(アミニズム)の名残です。
かつて、人は動物の行動や習性からさまざまなことを学び予知していました。
たとえばウミガメが陸に近い場所に産卵する年には大きな台風がくるとか
鼠が家から逃げると地震や火事が起こるとかです。
鯰と地震の関係はさておき、狐が鳴くと不吉なことが起こる前兆だ、など迷信に近いものもありますが
それも、いかに人々が動物の動向に注意を払い、細かく観察していたかということです。
裏を返せば、これは「人間は自然の一部として存在する」ということを認識していたということであり、
「人智に対して我々はいかに謙虚であったか」ということのあらわれでした。

たとえばモンゴルではミミズも神です。
草原の民にとって土壌を豊にしてくれる動物は自然界における「神」なのです。

科学万能の時代に至り、ゲノム解読の結果、なんと人の遠い祖先はナメクジウオだったという
研究結果が発表されたのはつい最近のことです。


上野東照宮の境内に栄誉権現があります。祭神はごらんのごとくタヌキ。
これに「他を抜く」という言葉を掛けて、ここのお狸さまは出世の神様になっています。
栄誉権現にお参りするには上野東照宮に入らねばならず、入場料がかかりますが
この絵馬は入口で入手できます。

杉並区・井草八幡の絵馬。
この神社は流鏑馬の行事も行っているほどですから、さすがに絵馬も見事なデザインです(シルク印刷ではありますが)。袋の裏にも「絵馬は本来神の乗ものと考えられた生き馬の代わりに神前に捧げられたものです云々…」と解説文が書かれています。

箱根神社の絵馬。
なんと豪華に7色で手間をかけて印刷されています。まさしく大幣に降臨した神を神馬に乗せてお運びしているところです。これを人が担ぐと神輿になるわけです。歴史を感じさせてくれる良い絵だと思います。

香取神宮の絵馬
箱根神社と同じ神馬 の絵です。ピンと立てた尻尾と、編み込まれたたてがみが誇らしげでおしゃれです。この絵も7色使っています。

千代田区・土神社の黒駒。
現在は千代田区九段北にある近代的ビルに組み込まれている神社だが、本来はさらし首になっていた平将門の首を祀り、津久戸明神としたのがルーツ。この絵馬は将門公の「繋馬(つなぎうま)」で、土神社の紹介でも描きましたが、伝説によると将門公が挙兵した時、突然空に一筋の稲妻が走り落下して黒馬に変わると、将門はこれに乗り戦場を縦横無尽に駆け巡ったといわれています。なかなか力強そうな馬です。当社の神紋にもなっています。

目黒・五百羅漢寺の絵馬。寺院で馬の絵馬はめずらしいかも知れないが、何らかの由緒があるのでしょう。ここにはお詣りの人に気力と勇気を与えてくれるという再起地蔵尊もいらっしゃることですし、ついでに「強運」をいただければ完璧です。

鹿島神宮の鹿。
ここでは神の使いである鹿を飼育しています。鹿といえば奈良ですが、私を案内してくださったボランティアの方によれば、奈良の鹿はみな、こちらから連れて行ったものだそうです。たシカな話でしょうか。

駒ヶ嶽神社で見かけた十二支絵馬。
ここのオリジナルではなく、たまたま掛けてあったものです。私がここを訪れたのは2004年の10月で申年でした。もちろん他の方が奉納したものですから、その場で撮影しただけです。この日、この神社から100メートルほど離れた崖を下る野生の猿を見たのも何かの縁でしょう。

立川市・阿豆佐味天神社(猫返し神社)の絵馬。
もともと猫は蚕の敵だった鼠を退治してくれるということで、養蚕家から大切にされていました。これは蚕の守り神を祀る「蚕影(こかげ)神社」を合祀する立川市の阿豆佐味(あずさみ)神社の絵馬です。猫返し神社とよばれるようになったきっかけはジャズピアニスト・山下洋輔氏の愛猫が、ここにお詣りしたところ二度までも帰ってきたこと。それぞれ別の猫です。冗談半分に広めた噂が噂を呼び、ついにここは「猫返し神社」と呼ばれるようになってしまったというわけです。

明治神宮の干支絵馬。
乙酉(きのととり)と書いてありますから2005年に初詣したときのものです。妻のお気に入りの神社ですので、記念に求めました。ひよこが可愛いですね。

松戸市・タカオ神社の干支絵馬。
文字が無いのでカタカナにしています。雨かんむりに龍と書いて「お」 と読みます。字面から「雨乞い」の神様だったことは間違いありません。妻の実家、松戸元山地域の氏神さまで、ここを開拓した農民が祀ったのでしょう。なかなか凛々しい雄鳥ですね。

上と同じ松戸市・タカオ神社の干支絵馬。久しぶりにお詣りしました。素朴な図柄が良いが

丑は私の干支です。これは妻の土産ですので深川の成田山に行ったことはありません。
梅と牛(ここまでは道真公の雰囲気ですが)+小判の詰まった福袋というデザインはかなり強引な気がします。

善光寺の「牛にひかれて善光寺詣り」。
この話の出所は『今昔物語(巻七-三 震旦部)』 にあり、もとは中国の話ですが、『本朝俚諺』では信州の話としてアレンジされています。「信仰の薄い老婆の隣家の牛が、干してあった老婆の布を角に引っ掛けたまま善光寺に駆け込んだので、それを追っていた老婆はそこが霊場だったことを知り、たびたび参拝するようになった」つまり、自分の意志に関係なく行動したら、たまたま良い結果を得たということのたとえです。

これも深川成田山の絵馬。乙女チックで若い人に受けそうです。しかしよく見るとなかなか手の込んだ作りです。妻が米国在住の娘(もう乙女ではありませんが)のために入手してきたものですから私の手元にはありません。
熊野速玉大社のヤタガラス。
日本代表サッカーチームのキャラクターとして有名です。記紀に登場し、神武天皇東征のおりに天照大神から遣わされ、熊野から大和までの険しい道のりを無事に先導したという三本脚のカラスです。これは熊野地方の朝廷に味方した三つの部族の象徴であるともいわれますが、もともとは中国の古代説話からきたものらしく、太陽の中にいる三本脚の赤いカラスだったらしい。
熊野本宮の牛王符(ごおうふ)絵馬。
牛王符とは鳥をかたどった絵文字で書かれた厄除けの護符で、宝珠などもあしらわれていることから「牛王宝印」「牛玉宝印」などともいいます。ヤタガラスに関連しているのでしょうが民俗学者の五来重氏などは、もともと熊野は死者の行き着く霊山で、鳥葬の名残であるといっています。牛王符に関してはおふだの部「諸神・権現・高僧系」をご覧ください。
目黒区・蛸薬師(成就院)の蛸絵馬。
蛸薬師は京都にもありますが。こちらは目黒です。『江戸名所図絵』でも紹介されており、そこには「…この本尊に祈願ある者は、蛸を断ちてこれを念ずるに、果たして利益ありとて、絵馬にも蛸の形を画がきて捧ぐ」とあります。左は大判小判を吸い寄せているところですが、右のはどうもメスらしい。しなを作っているように見えますね。なんとなく色っぽい。できもの、腫れもの、イボにもご利益あり。

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