(07年7月20〜21日)ご利益巡りツアー「戸隠・飯綱」
写真提供:佐々木さん(高尾パークボラ)、青木さん(戸隠遊行塾)

・参加者:東京より新幹線組 5名
    :東京より車にて 2名+柴犬1匹
    :飯綱高原在住 1名
    :2日目から参加 1名
     計9名

 07年7月20日(金)9:00am、東京駅長野新幹線ホームに集合。
  メンバーは、高尾ボランティアのお仲間・佐々木さんと辻村さん、宝島社の出版編集者で聖地巡りが好きな大西さん、私と妻の5名。当初はバスをチャーターする予定でしたが少人数のため新幹線に変更。気心の知れた人達ばかりなので朝からすっかりリラックス。
  最近は何かとトラブルの多いバス旅行を考えると、余計な心配をせずに済みました。しかも数日前に起きた新潟県の中越沖地震の影響も戸隠ではほとんどなかったということです。

 長野はあいにく雨が降ったり止んだりの天気模様でしたが、戸隠遊行塾の塾長・宮坂さんの出迎えを受け、今宵の宿である戸隠中社の宿坊・武井旅館ご主人の運転するマイクロバスに乗り込みました。
  善光寺の裏からバードラインの七曲がりを一気に登りきると山の斜面にリンゴ畑の広がる荒安(あらやす)の集落に到着。

 荒安にはご利益巡り第一の目的地、飯縄神社里宮(明治時代に皇足穂命=すめたるほのみこと神社と改名され、郷社となっている)があります。
  地味でひっそりとした社殿ですが、ここには飯綱山の神で飯縄三郎坊天狗ともいわれる飯縄大明神(高尾山のご本尊でもあり、こちらでは仏教式に飯縄大権現とよびます)が祀られており、荒安の氏子さんたちが代々大切に守ってきたお宮なのです。
  普段は無人ですが、この日は前からお願いしていたので当社の宮司(本来は戸隠神社の神官)越志徳門先生のご子息が我々のためにツアーの無事と健康を祈念するお祓いをしてくださいました。何回かここを訪れていましたが、社殿に入るのは初めて。私もサイドビジネスで神職を務めているものの、恥ずかしながら座礼(正座で神様を拝む)は苦手で多少戸惑ってしまいましたが要はカタチよりココロですから、ありがたくお祓いを受けました。

  お祓いが終わってから神様に捧げた御神酒(おみき)の残りをビンごといただきました。この「風の露(しずく)」という地酒がなかなか旨い。武井旅館に着いてからさっそく大西さんと一献。飯縄大明神のお下がりをいただいているわけですから味も格別で夕方の講演のことなどすっかり忘れてしまいそう。

  一息入れていると大西さんの携帯が鳴った。彼の上司(私も仕事でお世話になっている富永さん)かららしい。「あっ、いま戸隠で川副さんと一緒です」などと言っている。
「いいんですか?」「いや、メール入れといたから」「えっ?、電話とかは…」「いや直接は…」
 …う〜ん。どうも様子ではメール一本で会社を休んだらしい(この日は金曜日)。あとで妻が「有給になるんですか?」と聞いたところ「富永次第です」と答えていたというが、なんとも飄々とした人で出版業界には珍しい。

 腹も減ったことだし女性組と玄関で待ち合わせ、向かいの蕎麦屋へ。我々は野菜天ぷらや蕎麦団子が付いたセットを注文。戸隠ではどこでソバを食べても本当に旨い。

 食後、武井さんのマイクロバスで奥社の入口まで送ってもらう。なぜか雨も上がっている。佐々木さんは「私は晴れ女だから」としきりにアピール。私は私で「お祓いが効いたんじゃないかな」という気分。荘厳な杉並木を歩くと神々しさに包まれて癒される。

 ところで、戸隠神社とは五つの社殿の総称で戸隠山に近い方から奥社と九頭龍社、中社、火之御子社、宝光社と連なって点在し、奥社から宝光社まではコースにもよるが歩くと二時間程の距離がある。
  奥社への参道はきれいに整備されているのでルンルン気分で歩けるのだが、入口から片道30分はかかり、最後にはちょっとした登りがある。登り切るとまず九頭龍社があり、そのすぐ上に奥社がある。
 
ここは戸隠山(1,911m)への登山道入口でもあり、ラッキーなことに霧の晴れ間から迫力ある戸隠山の岩壁を間近に垣間見ることができました。

  参拝して下山、しばらく歩くと地元・飯綱高原からきた日乃さんが登ってきました。彼女は当地で編集の仕事をしていて、大西さんのお知り合い。つまり私と同業の方です。奥社あたりで待ち合わせをしていたので私から声を掛けてみました(唯一彼女の顔を知っている肝心の大西さんはトイレに行っていて不在)。彼女は奥社にはよく来ているからということで、そのままUターンして我々と合流。参道中程の随神門脇から戸隠森林植物公園の遊歩道経由で奥社入口まで戻ることにしました。
  戸隠森林植物公園には湿原性の高山植物が多く、水芭蕉の大きな葉があちこちに茂っていたのが印象的。途中、鏡池に寄ろうという話も出ましたが、さすがに講演会のことが気になりだし、生返事をしてうやむやに。

 奥社入口まで戻り、茶店で休憩。コーヒーやら熊笹ソフトなどを満喫。妻は蕎麦茶を購入。雨足が強まってきましたがヘルプのマイクロバスは呼ばず、歩いて宿まで帰ることに決定。皆、歩きにはめっぽう強いのです。

 雨の中をのんびり歩き、中社参道に入って参拝。それまで比較的地味な神社しか見ていなかったせいもあり、ずいぶん立派に見えます。口には出さないもののメンバーも「ようやく神社らしい神社を見た」という雰囲気で満足そう。

 武井旅館に戻ると車で来た柊(ひいらぎ)夫妻と愛犬クロが到着していた。部屋は男性組、女性組、柊夫妻の三部屋に分けました。
  さすがにそそくさと講演の準備を整え、近くの中社公会堂まで宿の傘を借り、サンダルを履いて向かう。
  参加者は我々のメンバー、遊行塾スタッフを含めて20〜30名。翌日の講演を控えた岸本先生も二人のお嬢さんを連れて来てくださった。
  越志徳門先生が先に講演をなされた。内容は「戸隠における現代の飯縄信仰」。予定時間をだいぶ超えたため、塾長の宮坂さんが「質疑応答の時間がなくなりそう…」と心配し始めたので私は話を早めに切り上げた。私は「高尾山における飯縄信仰と飯綱山との繋がり」について話したが、おかげで後でメンバーからは「もう少し話が聞きたかった」という、ありがたい苦情をいただいた。

 講演後は小生の本を買っていただいた方々からサインなどを所望されたり質問を受けたりしていたので宿に戻る時間がすっかり遅くなり、一足先に戻った皆を待たせてしまいましたが、宴会が始まると同時に盛り上がり状態に。料理もさることながら、柊夫妻持参のワインも格別でした。
 ちなみに、ここ武井旅館はかつて「中道坊行勝院」という非常に歴史のある坊なのです。当時の住職・寛信和尚は親鸞聖人と比叡山学僧時代の旧知の間柄であったといいます。その縁で親鸞聖人はこの地で百日間もの参籠をされたそうで、今でも敷地内には親鸞聖人堂があり、親鸞聖人像と行勝院の本尊であった釈迦如来像が祀られています。
  戸隠山も飯綱山も、もともとは修験の山で、神道と仏教の信仰が混ざり合っていましたが、明治の神仏分離令によって神社になったのです。釈迦如来像が祀られているということは神仏習合時代の名残というわけです。

 さて、時間を大幅に延長した宴会も終わり、雨音を耳に大イビキをかきながら爆睡。明け方は豪雨の音で目を覚まし飯綱山登山は中止か、と覚悟をしていたのですが朝食後には小雨となり、なんと出発時間にはついに雨が上がりました。
  佐々木さんの得意げな顔が目に浮かんだが、私は「これは絶対に飯縄大明神のご利益だ」と確信。なにしろ前日の飯縄神社里宮の祝詞では「〜飯綱信仰研究家ぁ〜かわぞえのひでき一行のぉ〜」などと飯縄山の神様に麓から直接祈念してくださったのですから、飯縄大明神も「こりゃ悪口を書かれてはたまらん」と思し召されたのでしょう。

 マイクロバスで、本日夕方からの講演会会場となる宝光社の岸本旅館に寄って荷物を置かせていただき、飯綱山の麓にある一の鳥居駐車場へ。ここで遊行塾主催の「戸隠ウォーク」の参加者、スタッフ、高尾ボランティアの山崎さん(だんな様運転の車で来られた)と合流。参加者全員で再びバスに乗り込み、飯綱山南登山道入口まで送ってもらう。柊夫妻は高齢の愛犬クロを「おぶってでも登る」と覚悟の出発でありました。

 登山道に入ってしばらくすると飯綱山一の鳥居(前出、集合場所の一の鳥居は戸隠山の鳥居で、こことは異なります)に到着。
  この鳥居は最近立て直したばかりですが、高尾山薬王院も一部費用を寄進しており、額の文字は薬王院の大山貫首が書かれたということで私がその経緯を解説しました(左写真。赤いシャツを着ているのが私。山伏ファッションの行者さんも参加しておられました)。

 この登山道には江戸時代後期に置かれた十三仏の石像などが点在しており、地元の研究家・和田さんが適宜解説してくださった。
  昨晩の大雨でぬかるんでいる個所もあったが、さすが辻村さん、山崎さんなど、高尾ボラ連中は慣れた足取り。自信がないと言っていた妻も、初めての登山だと言っていた遊行塾の青木さんも、老犬クロも、元気一杯で登っていました。
 雄大なパノラマは見られなかったものの、山頂近くのお花畑には皆満足。佐々木さんも花の解説に一役買っていました。
  飯縄修験の行者が籠もったという西窟にお詣りし、前回私が一人で登ったときに確認出来なかった石碑、神の井などの場所を和田さんに教えていただき、予定通り昼には山頂着(1,917m)。武井旅館で作っていただいた弁当が旨かった。

 食後、飯縄神社奥宮(本宮)を参拝。下山は西登山道から。下りはさすがに滑りやすく、気を抜くと足を取られる難コースでした。やはり濡れた山道は下りの方がはるかにキツい。前にここを登った時は、さほど感じなかったのですが、いつまでもダラダラと下っているので、かなりバテました。前日に講演を終えていてホントに良かった…。
  ようやく林道に入り、しばらく歩いているとマイクロバスが迎えにきてくれて一安心。一気にこの日の講演会会場である岸本旅館まで送っていただきました。

  バスから降りると中学時代の同窓生で野尻湖でペンションを経営されている中川(旧姓佐藤)さんが待っていてくれました。なんと40数年ぶりの再会ですが一目で彼女だとわかりました(ツアーの情報は同期会の会報で告知していたのです)。中川さんは今回のツアーには都合で参加できなかったものの、郵送していた拙書の代金をわざわざ手渡しにきてくれたのでした。武井旅館で私たちのスケジュールを聞き、当たりをつけてここで待っていてくれたということです。これも飯縄大明神のお導きでしょうか!

 岸本旅館では着替えの部屋を提供していただき、ドロまみれの服を着替え、そそくさと講演会場の部屋に。すでに会場は満席になっており、そこには昨晩の宴会までお付き合いくださった日乃さんも見えていました。
  初めのお話は長野県立歴史館・宮下健司先生の「全国の秋葉信仰」について。続いて岸本旅館の聚長(しゅうちょう=宿坊を経営している戸隠神社の神官のこと)である岸本文穂先生の「三尺坊(秋葉大権現)」の起こした数々の奇跡についての体験談。…じつは岸本文穂先生は「戸隠秋葉会」という宗教法人の教祖様なのです。
  遊行塾では、研究者サイドからの話ばかりでなく、信仰サイドからの話も聞いてみる必要があるのではないか、という意図から、この講座を企画されたわけです。何よりも二人のお嬢さんと奥様が熱心に岸本先生をフォローしているのが印象的でした。

 講演が終わると外は雨。私たちは本当にツイていました。帰りは長野駅前を通る講座参加者の方々の車に分乗させていただき、長野駅で山崎さんと別れ、来たときと同じメンバーで新幹線に乗車。まだ残っていた「風の露」とビールで乾杯!

 後日どころか翌日談:今回のツアーは土日の強行軍でしたが、じつはその理由は、翌・日曜日に高尾パークボランティアの企画する「夏のファミリー自然教室」の下見があったからなのです。
  私と佐々木さんは参加を表明していましたが、辻村さんは「体調次第」といっていました。帰宅してから妻が「辻村さんは責任感の強い人だから明日は絶対来るよ」と言っていた通り、しっかり顔を出しました。ああ、賭をしなくて良かった!
 …ということで、さっそく翌日には三人そろって高尾山へ登頂。三日分合わせると大分登りましたから、さぞご利益があることでしょう。

・行 程
〔20日〕
東京発(9:20)あさま11号6号車
↓長野着(11:05)武井旅館マイクロバス乗車
↓飯縄神社里宮着(11:45)お祓い
↓中社武井旅館着(12:30)荷物を置いた後、中社周辺で昼食(戸隠蕎麦)
↓戸隠神社奥社、九頭龍社参拝(14:00)
↓森林植物園遊歩道経由〜茶店でコーヒーブレイク〜中社参拝〜武井旅館
↓戸隠びと講座(於・中社公会堂18:30〜19:30)
 講師:越志徳門(飯縄神社宮司)/川副
武井旅館泊
〔21日〕
朝食後、武井旅館発(8:30)武井旅館マイクロバス乗車〜宝光社宿坊岸本旅館経由
↓一の鳥居駐車場集合(9:00)飯綱山登山(南登山道)
↓山頂着・飯縄神社本宮参拝・昼食(弁当)
↓下山(西登山道)〜萱の宮〜神告げ温泉よりマイクロバス乗車〜岸本旅館
↓戸隠遊行塾(於・宿坊岸本15:30〜18:00) 
 講師:宮下健司(長野県立歴史館)/岸本文穂(秋葉三尺坊本宮宮司)
↓戸隠宝光社発(遊行塾参加者の車に分乗19:00頃)
↓長野発(19:30頃)
 東京着(22:00頃)



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