(08年1月5日)武蔵野吉祥七福神 めぐり
武蔵野商工会議所主催の開運・招福ツアー!

 武蔵野商工会議所が数年に渡り、市内の寺社と粘り強く交渉した結果、地元のバス会社などの協賛も得て平成19年から実現した「武蔵野吉祥七福神めぐり」。今年で2回目になります。
 まだまだ歴史が浅いだけに参拝者も少なく悪戦苦闘の感はぬぐえませんが、地元のイベントだけに、なんとか陰ながら応援したいと思っています。

2008年1月5日(毎年1〜10日、9:00a.m.〜4:00p.m.)
●9:00a.mに高尾パークボランティアの同期仲間、田中さんとJR吉祥寺駅で待ち合わせ。
 北口駅前ロータリーの隅に武蔵野商工会議所が「七福神めぐり」のささやかなブースを出しているので、特別バス乗車券付きの色紙を購入。
 2000円で専用バス乗り放題だし(吉祥寺発は9:00〜13:25まで約30分おき。ただし11:30発の次は12:25までありません)、各寺社の御朱印代(300円×6)も含まれているので、ずいぶんお得だと思う。かわいいミニ羊羹まで付いています(写真左)。
 私は勉強家なので(汗)、100円で「公式ガイドブック」も購入しました。で、ワクワクしながら9:30発のバスに乗車。

●約10分で井の頭公園駐車場に到着。公園の林を抜けて池まで徒歩5〜6分。大盛寺・井の頭弁財天の御朱印は弁天堂の中でいただきます。普段はなかなか堂へ上がる機会はないので内部をじっくり鑑賞。ただし、弁天様には秘仏なのでお目にかかれません。
 ここは 天慶年間(938〜945)に関東源氏の祖・源経基が弁財天女の像を安置したのが始まりといわれ、その後、源頼朝、新田義貞など、そうそうたる武将の戦勝祈念を受けています。江戸時代には徳川家康によってここから上水路が引かれました。有名な神田川です。また、家康は何度かこの地を訪れ、ここでお茶を立てています。

●駐車場に戻り、10:40分のバスに乗車。先程より混んできました。25分ほどでJR武蔵境駅近くの杵築(きずき)大社へ。ここにはまだ新しい恵比寿様と大黒様が並んで祀られています(紗が掛けてあってよく見えませんでしたので、「公式ガイドブック」の写真を転載させていただきました:下写真上段左。恵比寿・大黒殿の前でこちらを向いているのは同行の田中さん:下写真上段中)。ここでは恵比寿神の朱印だけ押していただきます。
 この神社はとても格式が高く、社紋に葵の紋が使われているほど徳川家との縁が深かったそうなのです。
 しかし、私が一番興味を惹かれたのは境内にそびえる「ミニ富士山」でした。これは江戸時代に大ブレイクした富士信仰の名残です。頂上にはもちろん浅間社(下写真下段中)があります。

●ちょっと急いで11:30分のバスに乗ると、もう満席状態。地元民としてはちょっと安心。20分ほどで寿老人と毘沙門天の祀られている延命寺へ。
 ここの本殿はずいぶん昔からコンクリート製で、じつは私はつい最近まで「どこかの新興宗教の施設かな?」程度にしか思っていなかったのです。ところが、かつては武蔵野薬師ともよばれ真言宗智山派の密教寺院だったと知ったときにはびっくり。高尾山薬王院と兄弟寺院だったのです。しかも本堂を公開していたので、豪華な内部をじっくり拝見させていただきました。
 境内には江戸時代初〜中期の庚申塔や地蔵尊像などがずらりと並んでいます。その中に、やはりこれも出来たての寿老人と毘沙門天像が祀られているのです。この2像は大きくて迫力があります。
  しかしここでも、ひねくれ者の私の興味を一番惹いたのは「悪相」の狛犬でした。獰猛で、しかも性格が悪そう…思わず背筋が寒くなるほどの表情です。すばらしい!
 ボランティアの方々がふるまってくださる甘酒をいただき、バスを待ちます。バスがUターンできるほど境内は広いのです。

●はっきり覚えていませんが、おそらく13:15分発のバスに乗ったとおもいます。約25分で福禄寿が祀られている大法寺の入口に到着。ここでバスでの移動は終わり、あとは徒歩になります。
  正直いいますと、私は地元にもかかわらず大法寺に行ったことはありませんし場所も知りませんでした。バス停からお寺までは徒歩で約7分。当てずっぽうに歩いていたら後の方の人が「こっちじゃないかナ〜」と声をかけてくれました。わからないはずで、このお寺は住宅街の奥にひっそりと佇んでいたのです。
 創建は寛永10(1633)年、麻布の地においてですが、ここには昭和7(1932)年に移転しています。境内は広くはありませんが非常に簡素で明るい雰囲気です。

●ここから徒歩7〜8分で私が子供の頃からお世話になっている武蔵野八幡宮へ。じつは、確かに出雲神社も合祀されていますのでおかしくはないのですが、ここに大黒天像が鎮座しているなんて、武蔵野吉祥七福神めぐりが始まるまで知りませんでした。
 で、まずは本殿は後回しにして私のお気に入りの唐子(からこ)が彫られた羽目板のある合祀殿(境内社)へ。
 ここに大国主命の分霊を祀ったのは貞享元(1684)甲子年だそうですが、当時のままの作ではないとしても、とても古そうな大黒天像がありました。失礼してパチリ。我が家の大黒様も、もっとちゃんとお祀りしなければなぁ…などと思っていたら、我が家の「山の神」が登場…「ウワッ!」と驚いた…というのはウソで、一緒に食事をする約束をしていたのでありました。

●メンバーが3人になって最後のポイント、布袋尊の祀られている安養寺へ。安養寺は八幡宮のお隣なので徒歩1分です。このお寺の開山は江戸時代初期の寛永元(1624)年ですが、開基は元小田原北条氏四十八将の一人、布施弾正の末裔でやはり布施弾正と名乗り、入道して深忍法印という法師だそうです。
 ここにある庚申塔は吉祥寺村開村の翌年・寛文5(1665)年 に建てられたものです。他にも六地蔵尊や念仏車、武蔵野市指定有形文化財の梵鐘などがあります。私はここの除夜の鐘を聞きながら歳を重ねてきました。

●ここから吉祥寺駅までは徒歩で5〜6分。昼も大分過ぎて腹も減りました。ありがたい気分に浸りつつ、三人で中華料理店へ入り老酒のグラスを重ねました。ああ、何ともいい気分の正月でした!


これから参加を予定している方へのおまけ情報
●武蔵野八幡宮の境内(鳥居のすぐ左側)には、ほとんど像の形が判明できなくなった古い庚申塔があります。建立年代は知りませんが、これはかつて吉祥寺駅西側の大踏切近くに立っていたもので(残念ながら全く興味がなかったので覚えていません)、四十年程前JRの高架化と井の頭通りの拡張にともないここに運ばれてきたものですが、平成18年8月に吉祥寺の文化遺産として復元されました(下写真左)。

●ところが平成20年の7月7日、この庚申塔の隣りに江戸時代の道標が仲間入りしました(下写真右)。これには正面に「神田御上水 井の頭辨財天」左面に「これよりみち」と刻まれています。かつてこの八幡様の交差点近く立てられていたものだそうですが、やはり道路の拡張工事などで取り除かれ、長年風雨にさらされたまま横たわっていたそうです。
 その後、上記庚申塔近くに移されましたが昭和40年代半ば頃に小金井市小金井公園内にある「都立江戸東京たてもの園(前身は都立武蔵野郷土館)」に移されました。
 その存在を知った地元有志の努力によってお里帰りしたのです。地元の写真館「らかんスタジオ」に、昭和41(1966)年に吉祥寺駅西口交番付近に立っていた証拠写真が残っていたことも都からの返却運動への後押しになったようです。
 互いに「やあ懐かしいね」と40年ぶりの再会を喜んでいることでしょう。

●ぞえじいのお薦めコース:北口駅前で色紙セットを購入し、吉祥寺駅前のサンロードを五日市街道まで歩き、突き当たりを左に行くとすぐ安養寺です。ここの隣が八幡神社ですから、この道標を見てから井の頭の弁天堂まで歩くというコースを取るのもいいかも知れません。井の頭公園からはバスでどうぞ!

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