『TAKAO(京王電鉄広報部発行の情報誌)』掲載小論集
第五話「高尾山の滝伝説


('07年12月発行「冬号」) 

琵琶滝。修行者がいる時は失礼になるので、覗かないようにしてください。

 現在、高尾山には滝が三つあります。修験道の水行がおこなわれている6号路の「琵琶滝」と裏高尾から入る「蛇滝(じゃたき)」。清滝駅前広場の「清滝」です。
「琵琶滝」には、昔このあたりに鳴鹿とよばれる洞穴があり、白髪の老師が鹿に囲まれながら奏でる琵琶の調べがそのまま滝になったという伝説があります。ですからこの滝で一心に修行すると滝の落ちる音が琵琶の音に聞こえてくるともいわれています。
 6号路の入口にある橋は「妙音橋」とよばれますが、これも琵琶の音にちなんだ名前ですね。

 古文書によると、この滝は大小5つの沢を集め、高さ6メートル、幅90センチあったそうです。また、古くから心の病・気の病に霊験大いにありといわれ、現在山麓にある「保養院」の前身にあたる療養所も作られていたたほどだそうです。

 ただ、私は本来ここに祀られていた神は水に係わりの深い弁才天=妙音天だったのではないかと思っています。後でお話しいたしますが、この滝の上には弁天丸とよばれる高台があるらしいのです。マアそんなことよりも、同じ琵琶の音色なら老翁よりも弁天様に弾いていただきたい…とは俗人的希望でしょうか。

 話が多少逸れますが、神仏が白髪の老翁の姿となって現れるお話はよくあります。飯縄大権現の場合には信州飯綱山では天明年間(1780年代)に現れ、福井嘉平という剣豪に神道無念流の奥義を伝授しています。また、神奈川県の座間神社に残る話では、欽明天皇の時代に村に悪疫が流行った時、飯縄大権現が老人姿で現れ、森の中に湧き出す清水を使うよう村人に薦めそうですが、これはちょっと時代的に古すぎます。ちなみに、元和8(1622)年に千葉県八千代市の飯綱神社に現れたときは白狐の姿だったそうです。

 高さ3.6メートル、幅60センチの「蛇滝」にはその名のとおり、蛇伝説があります。高尾山の偉いお坊さま(俊源大徳)が山中で良い霊場を探し歩いていた時、猟師に捕らわれた白蛇を買い取って助けました。そのお礼にと、白蛇がこの滝までお坊さまを案内したのだといいます。ただ、これには三つの説が伝わっており、(1)前記のごとく、滝まで案内した (2)絶壁をよじ登った白蛇がそのまま滝と化した (3)白蛇が龍と化し、雨を呼んで滝を現出させたということです。これも滝にまつわる伝承としてはよくあるパターンです。

 かつては蛇滝口が高尾山へのメイン参道であったといいますが、実際に蛇滝が開発された時期は近年(1860)のことです。韓国や中国の方からの人気も高い修行場になっています。
 ちなみにここのお堂には弘法大師にゆかりの深い青龍権現(せいりゅう、しょうりゅう)という女神が祀られています。じつは青龍権現は高尾山の四天王門をくぐった右側に立っているイケメンの婆伽羅竜王(しゃから=沙迦羅、沙竭羅とも)の八歳になる第三女の竜女なのです。ちなみに婆伽羅竜王は竜宮の王・海神でもあります。

蛇滝近くの飯縄大権現石仏
かつて清滝の下には弁天堂がありました

  バス停・蛇滝口から緩やかな坂を登り、蛇滝のすぐ左手前には珍しい飯縄大権現の石像があります。ぼんやり歩いていると見過ごしてしまいそうですが、私はこの石仏がとても気に入っています。

 ケーブル「清滝駅」の広場は、かつて桜の名所だったということです。ここの隅に「清滝」がありますが、水源を「琵琶滝」から引いている人工の滝だということです。この広場はよくイベント会場になるほどですから土日は賑やかですし、修行施設はありません。
  しかし、よく観察すると滝の上にはちゃんと修験者の守り神である不動明王の石仏があります。
  また近くにはあまり目立ちませんが四季を通じてひっそりと咲き続けている「四季桜」もありますのでぜひ捜してみてください。

 じつは高尾山には他にも滝があったのです。一号路を登り、最初に大きく曲がる場所には「布流(ふる)滝」とよばれる滝がありました。古い絵などを見ますとちゃんと修行施設もあったようです。ケーブルが開通した昭和初期の絵はがきにも描かれていますが、その後崩壊して現在はコンクリートで固められています。しかし、向かいの岩の上にはやはり不動明王の石仏が祀られており、往時を偲ばせます。

布流滝跡。今はコンクリートで塞がれています

「布流滝」とはじつに美しい名ですが、じつは「浮布池」など、「布」のつく池や川、滝にはたいていそこに身を投げた乙女の悲話があるのです。しかし「布流滝」は「古滝」とも書かれているほどですから、まあ悲話とは関係なさそうです。

 もう一つ、幻の滝があるという噂もあります。上記のごとく琵琶滝の上方には「弁天丸」とよばれる高台があり、大雨の後などには、滝の音がサル山・野草園のあたりまで聞こえていたそうです。しかし実際に見た人はいません(落合一平『高尾山話』より)。
 高尾山は国定公園で歩道以外にむやみに立ち入ることは出来ませんので、残念ながら今では確かめようがありません。

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