『TAKAO(京王電鉄広報部発行の情報誌)』掲載小論集
第六話「お坊さまが残したふしぎ


('08年2月発行「早春号」) 

中に岩屋大師が祀ってある洞窟。
左にも人工的な窟がありますが、こちらには韓国系の信者が祀った地蔵尊が立っています。韓国の人は日本人以上に山が好きだということでよくここで祈りをささげている姿を見かけます。一説によりますと、ここは韓国の聖地に雰囲気が似ているそうです。
平成13年に伐採した大杉の幹の中に埋もれていた「めざめ石」。これは今から二百年ほど前、足袋屋清八が建てた道標だったのです。まさに現代に甦った不思議ですね。
「これより琵琶の滝道」と書いてあり、今は接待所の脇にあります。

 神聖な山には偉いお坊さまや修験者が起こした奇跡の伝承が残っているものです。高尾山も例外ではなく、中でも俊源大徳に関する伝承は「蛸杉と杉の木のふしぎ」「高尾山の滝伝説」ですでに述べました。
 他にも 弘法大師にまつわるお話がいくつかありますのでご紹介いたしましょう。

  その一つは6号路を登ってすぐ右に見える「岩屋大師」です。お大師様が暴風雨の中を下山していますと病に倒れて難儀している母子と遭遇しました。そこで二人のために祈ると岩壁が崩れて洞穴ができ、母子はその中で難を逃れたということです。

  また薬王院の接待所の下方に都の天然記念物に指定されている「飯盛杉(めしもりすぎ)」とよばれる大杉があります。この大木もお大師様が食事をされた後、地面に突き刺した箸(杓子とも)が芽吹いたものだといわれています。
  他にも琵琶滝で水に打たれていますと隣にお大師様が現れて一緒に修行されるお姿が見えるなどのお話があります。

 このような伝説は「弘法伝説」「回国伝説」などといわれて全国に残されています。実際には高尾山に名の残る役行者、行基菩薩、弘法大師などがこの地を訪れたことはなかったのではないかといわれています。
  ですからこれは「いつか偉いお坊さまが自分達の土地に立ち寄り、人々を助けてくれるのではないか」と願う庶民の切実な思いが作りだした話ともいえます。憧れの人物がこの地を訪れたのだと自慢したい気持ちもあったのでしょう。

絵葉書「武州高尾山案内(部分)」。この葉書はケーブルカーができた昭和2年以降のものらしい。左下に片枝を大きく張った「飯盛杉」の文字が見える。かなり特徴のある樹形だったようだ。『武州高尾山をめぐる庶民の信仰(八王子郷土資料館)』より

 関東には、お坊さま以外にもヤマトタケル、坂上田村麻呂、平将門、源頼朝などの勇士が起こした奇跡談も多く残されています。
 また、 高尾山に係わりの深い歴史上の人物としては戦国武将・北条氏照、江戸末期の宗教家・足袋屋(たびや)清八、幕末の名代官・江川太郎左衛門などの名が挙げられますが、これらの人々についてははまたの機会にお話しいたします。

 

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