『かえで(高尾パークボランティア会報)』掲載小論集
「神変堂の前鬼・後鬼」
No.193('07年8月号)

 1号路の浄心門脇にある神変堂の前に祀ってある一対の夫婦鬼、妙童鬼と善童鬼についてです。「高尾の七福神巡り」の一部スタッフにはすでにお話ししたのですが、他のボラ会員にもお知らせした方が良いと考え、「かえで」に投稿することにしました。
 じつは神変堂横の解説板には、向かって右が水瓶を持つ妙童鬼=前鬼(ぜんき)=女鬼、
左が斧を持つ善童鬼=後鬼(ごき)=男鬼、と書かれています。

神変堂の妙童鬼と善童鬼。解説板には右の妙童鬼が前鬼、左の善童鬼が後鬼と書いてある。しかしこれは間違いである。

 この前鬼・後鬼の像は有名な大峯山寺本堂の役行者開帳仏をモデルにしていることは明らかです(下写真左)。
  ところがどの書物を調べてもこの役行者像の向かって右、水瓶を持つ女鬼が「妙童鬼=後鬼」、左の斧を持つ男鬼が「善童鬼=前鬼」とあります。結論を先にいいますと妙童鬼を前鬼、善童鬼を後鬼としている高尾山の解説板では前鬼・後鬼が逆になって説明されており、間違っているのです(誤記!)。

 大阪市立美術館にある平安時代作といわれる最古の木像でも水瓶を持っている方の鬼が「後鬼」とされています。他にもいくつか理由があります。たとえば

 ・斧を持ち、道を切り拓く役を受け持つ善童鬼が前にいるべき…つまり前鬼である

 ・善童鬼は「前童鬼」とも書き表す場合がある(知切光歳『天狗の研究』)

 ・善童鬼は「阿(あ)形」であり、妙童鬼は「吽(うん)形」であるから「阿」が前である
 …という具合ですから、善童鬼が前鬼であることは間違いないでしょう。

 しかし、ここで一つやっかいな問題があります。それは上記のごとく、この善童鬼が「阿形」であることです。一般的には仁王像、狛犬、高尾山の天狗像にいたるまで、「阿吽」として対になっている像のほとんどは「阿形」が向かって右に位置しているのです。つまり本来、阿形である善童鬼=前鬼が向かって右に位置したほうが自然であり一般的でしょう。
 そこで以下推測ですが、本来、大峯山寺の善童鬼は右にいたのではないでしょうか。なぜならこれらの像はそれぞれ独立しているので自由に位置を組み替えられるからです。
  つまり、前鬼・後鬼は互いに顔を見合っているのではなく、左右を見張っていた姿なのではなかったかとも考えられないことはありません(下写真右。斧が多少邪魔に感じられますが役行者をしっかり守っているようにも見えますし、三像を並べた場合コンパクトでまとまりが良い)。

大峰山寺の役行者開帳仏。高尾山の妙童鬼・善童鬼のモデルと思われる。室町時代作。 左写真を加工してみました。本来、この並びだったのかも知れませんね?

 ですから今でこそ善童鬼は左にいますが、このスタイルがイメージとして定着する前、右にいたという可能性が無かったとはいえません。実際に前鬼が右に固定されている像(下写真。戸隠神社中社蔵)もありますし、有名な吉野曼陀羅図などでは前鬼・後鬼とも右にいます。つまり前鬼は左と決まっているわけではないのです。
  何も細かいことにこだわってケチをつけるつもりは全くありませんが、決まり事に疑問を持つ姿勢も楽しいものです…ということで、皆様はいかが思われますか?

戸隠中社の役行者像。見にくいかも知れませんが、左の鬼が白い水瓶を持っていますから後鬼と思われます。

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