『かえで(高尾パークボランティア会報)』掲載小論集
「蛇滝と青龍権現」
No.183('06年10月号)

 7月号の月例定例会報告(注1)の補足を兼ね、高尾山・蛇滝の行場に祀られ青龍権現について、私見を交えてご報告いたします。
 蛇滝に関しては、高尾山説話集『むかしでござる・天狗さまのはなし/菊池正著/ノンブル社』によれば俊源大徳が山中において、さらに良い霊場を探していたとき、猟師に捕らわれていた白蛇を助けた。その礼にと、白蛇がこの滝に俊源を案内したという。 ただ、これには3つの説が伝わっており、1前記のごとく、滝まで案内した 2絶壁をよじ登った白蛇がそのまま滝と化した 3白蛇が龍と化し、雨を呼んで滝を現出させたという。
 かつては蛇滝口が高尾山へのメイン参道であったというが、実際に蛇滝が開発された時期は近年のことで万延元年(1860)、桜田門外の変が起きた年である。参拝者を見込んだ商人某が数両で薬王院から利権を得、名所にしたらしい。
  また、ここには青龍権現の隣に福玉稲荷が祀られているが、寄進されたものということで、年代や縁起は一切不明である(薬王院談)。

 ところで、この青龍権現(せいりゅう、しょうりゅう)とはどのような神様かというと、下図(畠山記念館蔵)のごとく、吉祥天のように美しいが恐ろしげでもある女神だ。手には龍が持つとわれる宝珠を乗せている。
  右下に描かれている女性に比べるとずいぶん大柄に描かれているが、これは仏画によく見られる画法ゆえであろう。一般にメインの神仏は大きく描かれるものである。しかし上記の白蛇でもあるとすれば色も姿もさまざまだ。

右下の女性に比べると異常に大きく描かれているが、これは大女ということではなく、人に比べて神を大きく描く仏画の一般的な手法だと思います。かなりの美女に描かれていますが、眉間に寄せたシワが結構怖ろしい。(畠山記念館「清滝権現影向図」)

 冗談はさておき、じつは青龍権現は高尾山の四天王門をくぐった右側に立っているイケメンの婆伽羅(しゃから=沙迦羅、沙竭羅とも。左写真)竜王の八歳になる第三女…つまり成道した(神となった)竜女なのである(出典『法華経・第五巻』)。
  ついでながら婆伽羅竜王は竜宮の王・海神でもある。

 ということは、高尾山ではこの二神を親子ぐるみで祀っていることになる。
 青龍権現とは弘法大師空海が長安・青竜寺の鎮守神を、中国からの帰朝と同時に勧請した神である。つまり空海が帰国する際、船を守護しながら我が国まで飛来したというわけだ。
 京都では俊源大徳が出た醍醐寺に祀られているから、もともと高尾山に縁の深い神なのである。
 飛来後は水神信仰と習合し、京都神泉苑で修された真言密教の祈雨法(雨乞い)における祭神ともなる。千人同心の石川日記には度々高尾での雨乞いのため、護摩法を修した記述があるが、青龍権現にも参拝したかどうかは不明だ。

 ところでこの青龍権現は、キトラ古墳や高松塚古墳の壁画などに描かれて石室の東西南北を護る四神(青竜または蒼竜、白虎、朱雀、玄武)の青竜とは異なる。四神とは古代中国思想における守護神獣であり、密教で信仰されている神ではない。したがって高尾山には他の神獣も祀られていない。

 青龍権現は水神であるから我が国では敬意を込め、「清瀧権現」と正式表記されるが、高尾山では「青龍」である。
 蛇滝の修行場は韓国や中国の信者から大変人気がある。以下は私見であるが、蛇滝人気の一因は、この「青龍」という表記が「清瀧」に比べ、彼らの文化に馴染んでいるからではないだろうか。
  ある韓国人のお婆さまは、毎年積み立てをして蛇滝の泊まり込み修行に参加することを非常に楽しみにしていたそうだ。今は亡くなってしまったそうで、このあたりのお話を伺えなかったことが残念である。
 青龍権現は、同じく水神である厳島神社の主祭神・市杵嶋姫命(弁才天)や吉祥天とも同神または姉妹神ともいう説がある(『外法と愛法の中世/田中貴子/平凡社』)。それどころか竜神の娘ということは乙姫や豊玉姫、玉依姫などとも姉妹ということなのだ。さらに姉姫は牛頭天王の妃である。
 女神とは誠に複雑怪奇な血縁を持つ神々である。しかし、これこそ日本人の信仰観の一側面であり、興味が尽きない。

(注1) '06年6月4日の月例定例会。「飯縄の法とクダ狐」というテーマで、高尾ボラ会員を対象とした講演をおこなった。会場:高尾ビジターセンター・レクチャールーム。28名参加。

HOME  NEXT  BACK  MAIL