『かえで(高尾パークボランティア会報)』掲載小論集
「高尾山のオタヌキ様とライオンに乗った菩薩」
No.163('05年2月号)

*この拙論は『TAKAO』'07年10月発行「秋号」でも一部流用しています

琵琶滝不動堂に向かって右にある羽目板の文珠菩薩。ちなみに左には普賢菩薩がある。

 琵琶滝不動堂横の羽目板に、ライオン(獅子)に乗った菩薩様が彫られている。これは騎獅文殊菩薩像である。
 例の「三人寄れば…」といわれるほどの智慧(般若)を象徴する神様である。象に乗る普賢菩薩と共にお釈迦様の脇侍とされている。しかも実在の人だったらしい。

 そんなにエライ菩薩様がなぜ(格下の)不動明王堂の脇に…という話はオイオイするとして、もっと奇妙なことには、この文珠菩薩の脇にひっそりと狸が祀られているのである。
 小さいながらもコンクリート製のしっかりした祠なので、どう見ても洒落や冗談ではなさそうだ。

 川口謙二氏の『日本の神様読み解き事典』によると、どうやらこれは「狸神」らしい。全く同じにしか見えないが、飲み屋の脇に立っているノンベエ狸とはワケが違うのである…としか思えない。どうもここの狸神は浅草・浅草寺伝法院裏の「大使者鎮護堂」にも鎮座しているという神様と同神らしい。私がそう確信する根拠は、隣に文珠菩薩がいるからである。

 で、文珠菩薩の話に戻るが、密教・真言宗における文珠菩薩はダキニ天法の観念法においては、ダキニ天の変化とされている。つまり文珠菩薩はダキニ天なのである。

 このダキニ天とは高尾山のご本尊、合体神である飯縄大権現を構成する主要な女神である。なんといっても飯縄大権現の乗っている狐はダキニ天の狐(白狐、野干)なのである。
 過去におけるダキニは鬼子母神の一族とされ、人肉を喰らう女夜叉だったのであるが、豊川稲荷のご本尊という福神的一面も持っている。
  一方、邪教・淫教といわれて弾圧された「真言立川流」の髑髏本尊もこのダキニ天である。長くなるのでこの話は次の機会に譲るが、それと狸が何の関係があるかというと…じつは浅草寺伝法院裏・大使者鎮護堂の祭神はなんと、このダキニ天だというのである。

文珠菩薩の右奥に鎮座するお狸さま。ちゃんと祠の中に鎮座している。

 これで琵琶滝不動に狸神の祠がある理由がわかった。つまり、文殊菩薩はダキニ天に変化し、そのダキニ天は狐だけではなく狸も眷属にしていたのである。…ということで、こんなスクープは今のところ本文を読んだ当ボラ会会員しか知るまい。

 ところで狐や蛇と同様に、狸も人に憑くらしい。
 伝法院裏・大使者鎮護堂の由来は以下の通りである。

 明治の初め頃、戊辰戦争の影響で上野の山を追われ、住処を失ったオタヌキ様が浅草寺の用人の娘に憑いた。奇言奇行が激しく、夜泣き蕎麦を二十杯も食べたりしたという。ある夜、オタヌキ様が異なる寺の二人の僧正の夢に同時に現れ「我に住処を与えれば火伏せの神となろう」といったのでこのオタヌキ様に「鎮護大使者」の称号を与えて祀ったのだという。
 
 この神様は、火伏せ、商売繁盛、盗難除けに御利益があるそうだが、その名(チンゴ)から近くの遊郭・吉原や玉の井の遊女たちからの信仰も多かったという。まぁ、上記のような事情で狸神には蕎麦を供えていたそうだが最近は赤飯、酒、煮しめが多いらしい。
  確かに蕎麦は持ち運ぶにも不便だし供えにくい。現代は、お供えをするにも烏の害や衛生面を考慮しなければならぬ。カップ麺の「緑のたぬき」ならイケルかも…

 しかし、結論を申せば、高尾山でここまで考えすぎるのも穿った見方といえるかも知れない。住処を失いつつある狸の霊を鎮めるため、どなたか奇特な方が祠を建てた、と考えるのが妥当であろうか。


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