ZOE's ESSAI 「それでもヤッパリ好き」

ブラックミュージック 名盤 入門!」より

まえがき」
陽気で楽天的! ナイーブでセンチ! セクシーで思索的!…これがブラック・ミュージック=黒人ポップスの魅力だ

マージー・ビートは僕に[黒く光り輝く宝物]を残してくれた」
マージー・ビートとは、大まかに言えばリバプール・サウンドのこと。彼らは'60年代のSOULやR&Bをせっせとコピーしていた。

ブラックポップの真髄、ギャル・サウンドはいつの時代も健在だ」
ジョン・レノンもミック・ジャガーもデヴィッド・ボウイも彼女等を聞いて男に目覚めた。

青い瞳のソウル・シンガー達」
当時はブルー・アイド・ソウルなんてよばれていました。ブラック・ミュージックに憧れた白人青年達。

そのほかのエッセイ

愛しの BO DIDDLEY(追悼文)
2008年6月に永眠したボ・ディドリーとの想い出。


「まえがき」

陽気で楽天的! ナイーブでセンチ! セクシーで思索的!…これがブラック・ミュージック=黒人ポップスの魅力だ

 ブルース、ジャズ、リズム&ブルース(R&B)、ゴスペル、ソウル・ミュージック、ファンク、ヒップ・ホップ、ラップと支流を分けつつ激動するブラック・ミュージックの大河が、世界のポップス・シーンに多大な影響を与え続けていることを否定する人はいないでしょう。しかしいまだに「ブルースは嘆きの歌」「ソウルは魂の叫び声」と決めつけている人も多い。この先入観は間違ってはいないけれど、決して正しくはありません。本誌を読んでいただければ、この魅力溢れる音楽の多様性をご理解いただけると思います。本誌では、主に50〜70年代のブラック・ミュージックのメインストリームのさわりをご紹介しますが、選盤にあたっては桜井ユタカ氏にお願いし、限られた誌面の中で「これだけ押さえておけば、あなたもブラック・ミュージック通」と断言できるほどの名盤ばかりをご紹介しています。さらに「興味があるから聞いてみたい」と考えておられる入門者から、ある程度聞き込んでいるマニアまで納得いただけるよう厳選していただきました。 
 ゴスペラーズの村上てつや氏が対談の最後で語っているように、もし興味のあるアーティストのアルバムをレコード店で目にしたら、まず聞いてみてください。そしてそれを機にブラック・ミュージックの魅力に巡り会っていただければ幸いです。


マージー・ビートは僕に[黒く光り輝く宝物]を残してくれた」

マージー・ビートとは、マージー川の河口に位置するイギリスの港町、リバブールの若者達が世に送り出したサウンドのことだ。
 ザ・ビートルズを筆頭とする彼等の全地球的人気が起爆剤となり、やがて60年代中頃までにはロンドン、ニューカッスル、バーミンガム、アイルランドなどからも雨後の竹の子のごとく、『黒っぽい』サウンドを演奏するグループが登場し、世界の音楽シーンを一瞬で席巻してしまった。  
 そんな彼等が揃ってアイドルにしていたのはチャック・ベリー、ボ・ディドリー、ロイド・プライス、リトル・リチャード、マディ・ウォーターズ、ジミー・リードなどのR&Bやブルースのスター達だ。
 しかし残念ながら当時は、日本のポップスファンの耳に彼等の歌声が直接届く状況ではなかった。国内にはビートルズ旋風が吹き荒れ、ベンチャーズやPPM、ビーチ・ボーイズ、和製ポップスなどが人気を集めていた。
 せいぜい黒人アーティストで知名度のあった歌手は、ナット・キング・コール、ディオンヌ・ワーウィック、サミー・デイヴィスJr.、サッチモ、プラターズ、レイ・チャールズ程度で、いずれも白人マーケットをターゲットにした曲しか紹介されなかった。たまにPOPS界でリトル・エヴァの『Loco-Motion』、ザ・ベルヴェッツの『Lana』、ザ・ロネッツの『Be My Baby』などがヒットしてはいたものの、ザ・ドリフターズの『渚のボードウォーク』『ラストダンスは私に』や、チャビー・チェッカー達が大ブームを起こしたツイストなどは、白人や日本人が歌う方がヒットした。あのフラミンゴスの名曲『I'll Be Home』さへ、パット・ブーンのオリジナル曲と思い込まれていたものだ。
 しかし、これは日本のPOPSファンが決して間抜けだったわけではない。当時のアメリカ本国では、まだまだ人種差別が堂々とまかり通っていたのだ。


[日本ビクター/Dot(JET-1215/DOT-1180]single
パット・ブーンはこの『I'll Be Home』で地位と名声を手中にし、当時はプレスリーと人気を二分した

 そんな状況になぐり込みをかけたのが、偏見などクソくらえとばかりに激情に突き動かされるまま、やみくもにブラック・ミュージックをコピーしまくっていたイギリス下層階級の若者達だ。
 先陣はもちろんビートルズ。彼等は僕等に『Roll Over Beethoven』『Rock 'n' Roll Music』でチャック・ベリーの存在を、『Baby It's You』『Boys』でザ・シュレルスの存在を教えてくれた。他にもある…『Please Mr. Postman』『Money』『Long Tall Sally』『Dizzy, Miss Lizzy』『Anna』…。すべてR&Bのヒット曲である(以下、注参照)。
 その後、海賊版で彼等の無名時代のライブを聞いた。ハンブルグやキャヴァンクラブでの演奏は猥雑で荒々しく、決して質の高いものではなかったが、その粗悪な音質のかなたから聞こえてくる『To Know Her Is To Love Her』『Shot Of R&B』などの数々のR&Bの名曲は、僕の心を強く揺さぶった。
 さらに同じ頃、ザ・ローリング・ストーンズの『If You Need Me』『Little Red Rooster』『I'm A King Bee』『Hich Hike』『I Just Want To Make Love To You』、ジ・アニマルズの『Dimples』『Let The Good Times Roll』『Road Runner』、ゼムの『Hello Josephine』『Bright Lights, Big City』、スウィンギング・ブルー・ジーンズの『Lawdy Miss Clawdy』『Tutti Frutti』、ザ・キンクスの『Long Tall Shorty』、スペンサー・デイビス・グループの『I'm A Man』、ザ・デイブ・クラーク・ファイブの『Do You Love Me』、ザ・サーチャーズの『Love Potion No.9』、ビリー・J・クレイマー&ダコタスの『Dance With Me』などを耳にした時、「こいつはカッコイイぞ!」と直感してしまった。オリジナルを聞く前にもかかわらず、R&Bの魅力に取り憑かれてしまったのだ。
 そんなわけで本場のブラック・ミュージック・シーンは、僕にとって宝の山に思えた。いったんそう思い込むと、どうにかしてオリジナルを聞いてみたい! ということになる。

[LONDON(PS-375)]LP 英国でのストーンズのデビュー・アルバム。情けないほどビートルズのジャケットを意識しており、この傾向はしばらく続く

[東芝音楽工業/Odeon(OR-1112)]single デーブ・クラーク・ファイブの国内デビューシングル。さわやか系ルックスのわりに演奏と歌はワイルド
[日本コロムビア/PYE(SL-1194-Y)]LP 後にプリテンダーズのクリッシー・ハインドとの浮き名を流すレイ・デイヴィスがリーダー。ロンドン出身 [東芝音楽工業/Odeon(OP-4081)]EP ビリー・J・クレーマーなどは、ビートルズのおかげで世に出た代表。そんな彼等もデビュー時はR&Bを手がけた

 じつは知らなければそれにこしたことはなかったのかも知れない。ついに僕はライナーノーツに登場する神々しいほど眩しく輝く、ジミー・リードやハウリング・ウルフ、ジョン・リー・フッカーなどのリストを手に、御茶の水や新宿の輸入レコード専門店にせっせと通うようになってしまった。
 ブルースは比較的簡単に入手できたし、本国で全盛を迎えはじめていたソウル・ミュージック(当時はこれもR&Bと呼ばれていた)のレコードもぼちぼち発売され始めていた。
 そして僕は、食事を抜いてでも手に入れた、いわゆるホンモノを耳にしたとたん、ストーンズやアニマルズ、ゼムなどのフェイクブルース、フェイクR&Bへの恋慕を急速に失っていった。
 すでにビートルズは『ヘルプ』(邦題は赤面もの…『四人はアイドル』である!)や『ラバー・ソウル』などでR&Bの世界から大きく飛躍していたし、ブライアン・ジョーンズを失ったストーンズはビートルズを視野に入れながらも自らの歩むべき道を模索しているように見えた。彼等はブラック・ミュージックのコピープレイヤーから脱し、独自の表現法を探り当てたのだ。それは当然の成り行きでもあるが…。
 けれど、いったん[黒く光り輝く宝物]の愚直なサウンドにすっかり魅了されてしまった僕は、アルバムを発表するたびに上達したテクニックを披露する彼等に、どうしても追従する気になれなかった。…いや、それどころか『Yesterday』や『Michelle』を聞くことが苦痛にさへなっていた。
 しかし40年間の時空を経て振り返れば、彼等がいなければ僕はバンドを組まなかっただろうし、これほど人生を楽しめなかっただろう。今は彼等に感謝せねばなるまい。
 改めてアニマルズのエリック・バートンやゼムのヴァン・モリソンを聞いてみると、単なるコピーとは思えぬ奥の深さ、全身全霊をかけたR&Bやブルースへの尋常ならぬ情熱を感じてしまう。
 ストーンズの『Little By Little』(フィル・スペクターが彼等のために作曲したといわれる)、ミックとキースの共作『Off The Hook』『What A Shame』、アニマルズのオリジナル『Club A Gogo』、同じくゼムの『One More Time』、デイブ・クラーク・ファイブの『Bits & Pieces』『Anyway You Wont It』などは、今聞くと立派なR&B作品だ。
 そんなわけで今でも彼等の再発CDを見かけると思わず手が出てしまい、当時のイギリスの若者達の叫び声を聞くと、彼等と情熱を共有した青春時代…あのR&Bスター達に恋い焦がれていた頃の胸のトキメキがよみがえり、年甲斐もなくドキドキしてしまうのである

[キング/LONDON(HIT-346)]single ストーンズ3枚目のシングル。まだ国内では認知されていなかったため、ジャケットは渋いがペラペラの2色印刷 [東芝音楽工業/Odeon(OP-7184)]LP 『Hippy Hippy Shake』で名をあげたスウィンギング・ブルー・ジーンズ。「君達も好きだね〜」と思わずニヤリ
[キング/LONDON(HIT-346)]LP 
66年発表のアニマルズの作品。英国でのタイトルは『ANIMALISMS』。すでにR&Bの演奏スタイルを確立している
the story of THEM featuring van morrison[DERAM(42284 4833-2)]CD ゼムの魅力が詰まった2枚組CD。これでもか!というほど黒い

(注)オリジナル・アーティスト
『Please Mr. Postman』The Marvelettes『Money』Barrett Strong
『Dizzy, Miss Lizzy』Larry Williams
『Anna』Arthur Alexander
『To Know Her Is To Love Her (To Know Him Is To Love Him) 』The Shirelles 『Shot Of R&B』Arthur Alexander
『If You Need Me』Wilson Pickett
『Little Red Rooster 』Howlin' Wolf
『I'm A King Bee』Slim Harpo
『Hich Hike』Marvin Gaye
『I Just Want To Make Love To You』
Muddy Waters
『Dimples』John Lee Hooker
『Let The Good Times Roll』Shirley & Lee
『Road Runner』Bo Diddley
『Hello Josephine (My Girl Josephine)』
Fats Domino
『Bright Lights, Big City』Jimmy Reed『Lawdy Miss Clawdy』Lloyd Price
『Tutti Frutti』Little Richard
『Long Tall Shorty』Tommy Tucker
『I'm A Man』Bo Diddley
『Do You Love Me』The Contours『Love Potion No.9』The Clovers
『Dance With Me』The Drifters


ブラックポップの真髄、ギャル・サウンドはいつの時代も健在だ

 50〜60年代のガール・グループの熱心なファンは世界中にいるので、恐らく「これが一番!」などと断言しようものなら大変なことになってしまうであろう。シレルズひとつとっても、「無名時代のジョン・レノンが彼女達のファンクラブに入っていた」「ミックジャガーは彼女達の曲をおめざにしていた」「デヴィッド・ボウイはツアー中、彼女達のカセットテープを持ち歩いていた」等々さもありなん的な話が飛び交うほどだ。
 バベッツ、シャンテルズ、ハーツ、マーベレッツ、マーサ&ヴァンデラスはすでに本誌レビューで扱ったが、他にもディキシー・カップス、エンジェルス、シフォンズ等々…それこそマニアがウハウハするほどいるのだ。
 彼女等の魅力はなんといっても「若くてかわいい」「揃って振りを付ける」「思わせぶりで意味深の歌詞」などであろう。かといってその歌唱力は決して侮れない。もちろん我が国のアイドルグループは云々…などと、したり顔で比較するつもりはない。しかし一つだけ言えることは、彼女達は「ヴォイス・トレーニングを受けたあげく、皆同じ歌い方しかできないタレントギャル達」とは確実に異なる点である(しかも現在のようにコンピュータで音痴を直したりしていない)。それぞれの歌には、彼女達が独学(天性かも知れないけれども)でモノにした個性がキラキラと輝いているのだ。しかし、彼女達がブレイクした期間は意外と短く主に60年から65年の間である。

THE SHIRELLES THE GREATEST HITS 21[TEICHIKU/OVER SEAS(20DN-107)]CD テイチクから89年発売された国内盤CD。歌詞カード付き

The Complete Cookies
Featuring Earl-Jean
SEQUEL/EMI(NEM CD-649)]CD 62〜64年のDiention収録。イギリス盤

THE BEST OF LITTLE EVA[Collectables(COL-CD-5407)]CD 62〜64年。DImention収録盤のベストCD。91年発売、全15曲 [DON'T HANG UP BY THE ORLONS[GLOBE(CD 1033/8)]CD 93年発売。61〜65年Cameo盤。ボーナストラック入り、全20曲

●ガール・グループといえばまず、57年ニュージャージー州パザイックのハイスクールで誕生したザ・シレルズから紹介せねばなるまい。リードをとるシャーリー・オーウェンズの名から、またはシャンテルズのイメージからグループ名を付けたといわれる。58年『I Met Him On A Sunday』がスマッシュヒットし、以降60年には処女喪失ソング『Tonight The Night』(14位)、キャロル・キングとゲリー・ゴフィン作の『Wil You Love Me Tomorrow』(2位/ポップチャート1位)、翌年、ファイブ・ロイヤルズのオリジナル曲『Dedicated To The One I Love』(2位/ポップ3位)『Mama Said』2位/ポップ4位)、『Big John』(2位/ポップ3位)、ビートルズがカヴァーした『Baby It's You』(3位/ポップ8位)、62年には『Soldier Boy』(3位/ポップ1位)と、R&Bトップ40内に12曲のヒットを送り込んでいる。
●キャロル・キングとゲリー・ゴフィン作の曲を主なレパートリーにしていたグループの一つに62年『Chains』(6位)をヒットさせたザ・クーキーズがいる。リトル・エヴァ、キャロル・キング、ニール・セダカのバック・コーラスを務めていたグループで、リード・ヴォーカルのアール・ジーン(エセル・マクレア)は私見だが非常に魅惑的な声の持ち主である。ダイアナ・ロスの声を低くして、ちょっとヘタにした感じなのだが、ダイアナほど押しつけがましくなく(ダイアナ・ファンの方ごめんなさい)、滑らかな歌い方である。64年頃からソロに転向したが、やはりゴフィン=キング作の曲『Randy』『They're Jealous Of Me』など、ポップだが心に染みる名曲を残している。
●リトル・エヴァといえば62年のナンバーワン・ソング『Loco-Motion』があまりにも有名だが、他にも『Keep Your Hands Off My Baby』(6位)やビッグ・ディー・アーウィンとデュエットした『Swinging On A Star』などの楽しい曲がある。彼女もゴフィン=キング作の曲を多く残している。
●男性一人、女性三人組という編成のジ・オーロンズも実力派グループだ。ジュニア・ハイスクールからの友人同士で、早くからその実力を認められていたという。リード・ヴォーカルのロゼッタ・ハイタワーの小気味良くこぶしの利いた歌唱法はよくリズムにも乗り、62年から63年にかけて『The Wah-Watusi』(5位)、『Don't Hang Up』(3位)、『South Street』(4位)、『Not Me』(8位)などのヒットを飛ばす。後にロゼッタはイギリスに渡り、ソロとして活動した。

●このオーロンズをバック・コーラスに従え、62年のツイスト・ブームに乗ってニュー・ダンス『Mashed Potato Time』を大ヒットさせたのが、元気一杯のディー・ディー・シャープ(左写真)。彼女は我が国でも当時[マッシュポテト娘]と呼ばれて人気を博した。チャビー・チェッカーとデュエットした『Slow Twistin'』も忘れがたい名曲だ。彼女はソウルを歌ってもなかなかディープな味わいがある。

IT'S MASHED POTATO TIME/DEE DEE SHARP[Park(Park-554)]CD なんと31曲入りのベストCD盤。チャビー・チェッカーとのデュエットあり MARY WELLS/BYE BYE BABY[MOTOWN(37463516122)]CD 63年リリース・アルバムのCD盤。ベリー・ゴーディーのプロデュース、全10曲
THE SUPREMES/WHERE DID OUR LOVE GO[ポリドール/MOTOWN(POCT-9034)]
CD ガール・グループ時代のスプリームス。対訳付き
FINE FINE FINE/THE IKETTES[KENT(CDKEN-063)]CD 
イギリス盤。65〜66年録音。未発表曲を含めた24曲入りベストアルバム。

●ソロといえばモータウン初のスーパースターとなったメリー・ウェルズがいる。60年に『Bye Bye Baby』(8位)をヒットさせた時はまだ10代の少女だった。もともとスモーキー・ロビンソンが[コットン・キャンディー・トーン]と賞賛したほどのソフトで繊細な声の持ち主だったが、このヒット曲は20回以上のテイク録りの結果、声がかすれてしまったところでOKが出された。ジャッキー・ウィルソンに憧れていた彼女は、執念で彼と同じレーベルからデビューしたのだ。その後『I Don't Want To Take A Chance』以降のヒット曲は全てポップス・チャートにも顔を出し、64年にはついに『My Guy』をポップ・チャート1位に押し上げた。
●このモータウンから最初にスターになったガール・グループは61年に『Please Mr. Postman』をポップ・チャート1位にしたマーベレッツで、続いて出たのがマーサ&ザ・バンデラスである。しかしスプリームスは出遅れ、62年の『Let Me Go The Right Way』(26位)と、それからしばらく間をおいて63年暮れの『When The Lovelight Stars Shining Through His Eyes』邦題『恋のキラキラ星』(23位)という状況だった。しかし、ダイアナ・ロスを前面に出し、ホランド=ドジャー=ホランドの制作チームが力を注いだ結果、64年に『Where Did Our Love Go』『Baby Love』『Come See About Me』が立て続けにポップ・チャート1位になる。その後のダイアナ・ロスのクロスオーバー的活躍はご存知の通りだが、もはやガール・グループどころか、R&Bの域を大きく飛び出してしまった。
●ガール・グループと呼ぶには、腰のグラインドが強烈すぎるお姉様達がアイク&ティナ・ターナーのバック・アップとして有名なジ・アイケッツだ。メンバーが激しく入れ替わり、その実体は掴みにくいが、ティナばりにパンチの効いた『Peaches 'N' Cream』(28位)『Fine Fine Fine』などの秀作をだしている。このグループからタミー・モントゴメリことタミー・テレルが出た。
●最後に忘れてはならないのが、フィル・スペクター門下で61〜63年にかけて『There's No Other Like My Baby』(5位)『He's A Rebel』(2位)『Da Doo Ron Ron』(5位)を出したザ・クリスタルズと、63年から現在にいたるまで親しまれている大ヒット曲『Be My Baby』や『Walking In The Rain』を出したザ・ロネッツだ。後にスペクターの妻となったリード・ヴォーカルのロニー・ベネット(ロニー・スペクター)が来日し、多くのファンを熱狂させてくれたことは記憶に新しい。
 これは彼女達の作り上げたサウンドが、決して一時期のブームではなかったことを物語っている。

the best of THE RONETTES
[PHIL SPECTOR(72122)]CD 92年リリースのベスト盤。63〜69年収録の全18曲入り。
the best of THE CRYSTALS
[MMG/PHIL SPECTOR(AMCY-484)]CD 92年の国内盤。全19曲の Wall Of Sound を満喫



青い瞳のソウル・シンガー達

 ソウル・ミュージック界で認知されている白人ミュージシャンは多い。なにもブルース・ブラザースやスティーブ・クロッパーだけではない。アトランティック・レコードの社長アーメット・アーティガンはトルコ人だ。パーシー・スレッジの『When A Man Loves A Woman(男が女を愛する時)』、ウィルソン・ピケットの『Mustang Sally』、アレサ・フランクリンの『I Never Loved A Man(貴方だけを愛して)』など、数々のメンフィス・ソウルを生み出したマッスル・ショールズにあるフェイム・スタジオの創設者リック・ホールと、そのサウンドを創りだしたミュージシャン達も白人である。名プロデューサーとして名高いジェリー・ウェクスラーしかり。しかし、何よりも最初にブルースの価値を認知し、録音し、発売したのも白人である(民族学的・商業的・経済的という一面があるとしても)。
 一方、黒人の唱法や曲を取り上げ、スターになった人にはエルヴィス・プレスリーやパット・ブーンがいる。ポール・バター・フィールドは白人ブルースという概念を確立させた。
 しかしどうしたわけか、ソウル歌手となると、なかなか認知されにくい。人種的な声質の違いや、生まれ育った環境が主な要因だろうが、本質は残念ながら「逆差別」にあるのかも知れない。ブルー・アイド・ソウルというジャンルそのものが、それを物語っている。
 僕は白人ソウル・シンガーも、こよなく愛してきた。彼等の歌には黒人にはない独特のグルーヴ感があると思う。
 黒人シンガーと比べても遜色ないという評価を得ているのは、ボビー・チャールス、エディ・ヒントン、ジョニー・デイなど。デュオではザ・ライチャス・ブラザースが有名だ。グループではザ・ボックス・トップス、ザ・ヤング・ラスカルスなど。映画なら『ザ・ブルース・ブラザース』や『ザ・コミットメンツ』が、いい味を出している。『ブルース・ブラザース2』でウィルソン・ピケットやエディ・フロイドに臆することなく絶叫していたジョニー・ラングも素晴らしいソウルを聞かせていた。
 しかし、ここで僕が推薦したいのは、小気味よくハリのあるシャウト唱法が印象的なミッチー・ライダー&ザ・デトロイト・ホイールスだ。メドレー形式の『Devil With A Blue Dress On & Good Golly Miss Molly(悪魔とモーリー)』や『Jenny Take A Ride!』などが有名だが、『I Had It Made』『Ooh Papa Doo』『Sock It To Me-Baby!』『Walking The Dog』、ソロになってスティーブ・クロッパーがプロデュースした『Liberty』などのシブい曲も捨てがたい。
 溝がスリ切れるまで聞いたのはザ・ユニークスの『You Ain't Tuff』。生まれた時からR&B漬けだったのでは…、と思わせるジョー・ステンプリーの荒々しい声はヴァン・モリソンを彷彿させる。
 声はプレスリー系だが、『Treat Her Right』を大ヒットさせたテキサスのロイ・ヘッド&ザ・トレイツは、いかにも不良兄ちゃん的な魅力がたっぷり。『Mama Mama』もカッコいい曲だ。
 ブルー・アイド・ソウルではないが、同じくテキサスのアーティスト、タグ・ザームが90年に制作した『JUKE BOX MUSIC』には、まさにタイトルどおり、楽しくて懐かしいR&Bがめいっぱい詰まっている。『I Won't Cry』『What's Your Name』『Talk To Me』などの名曲を深みのある渋い声で淡々と歌っており、R&Bに興味がない方でも楽しめる。


MITCH RYDER & THE DETROIT WHEELS/SOCK IT TO ME
[Sundazed(SC-6009)]CD 私のヴォーカルに影響を与えてくれた一人。まさにソウルに生きた人だ。
ROY HEAD & THE TRAITS/SINGIN' TEXAS RHYTHM & BLUES[BLUES INTERACTIONS(PCD-1610)]CD あまり上手くはないが、不良っぷりがカッコイイ。

DOUG SAHM/JUKE BOX MUSIC
VILLAGE GREEN(PCCY-00093)]CD 友人からゆずってもらったモノだが、これは私の超愛聴版。なごめる!

 

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