東京「消えた山」発掘散歩 よりカラーバージョン+α(本紙44〜45P)
02-6 権現山と音羽富士

護国寺は山の上にある。江戸時代ここの奥には東照権現社があったため、権現山とよばれた

上の階段手前の右側に目立たない鳥居がある。ここが音羽富士への参道だ
規模はこぢんまりしているが多くの石碑や烏帽子岩などもある
中でも小さな胎内洞窟内に祀られた木花開耶媛命の線刻像は珍しい。写真では非常に見づらいがモノクロで印刷してしまうとほとんどわからないので本書には掲載しなかった
護国寺境内の東半分はこのように立入禁止区域だ
この区域はかつての権現山で、現在は「豊島ヶ岡御陵」となっており皇室専用の墓地。もちろん一般の立ち入りは禁止だ。護国寺の墓地からがんばって御陵内を偵察してみたが、藪ばかりで何も見えない。ただただカラスの鳴き声が騒がしい
こちらが不忍通に面した「豊島ヶ岡御陵」の正門
その隣にある通用門。厳重な鉄製扉だ
こちらは「豊島ヶ岡御陵」の裏門。写真では普通の扉に見えるが、かなり大きい。しかもよくよく見ると内側からしか開かないようになっている

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