東京「消えた山」発掘散歩 よりカラーバージョン+α(本紙154〜157P)
08-8 世田谷城主と常盤姫

吉良氏が治めていた世田谷城址公園の空堀と土塁址

空堀は落ち葉や土で埋まり、土塁の斜面は石で補強されている
世田谷城址公園の解説パネルより。豪徳寺はもちろんだが世田谷八幡宮(中央左端)あたりまで城だったことが想像できる。また、右上から下がってきて世田谷城址公園を囲むようにしてから左下へ流れる烏山川(現在は遊歩道)が天然の堀となっていた様子も想像できる
奥沢城址。こちらは吉良家の老臣・大平出羽守(常盤姫の父)の城だった

現在は久品仏浄真寺だが、境内の周囲には土塁が残る

鷺草と常盤姫の悲話を伝える解説板。別説は本紙で詳しく解説
常盤姫の名を残す環七と世田谷通交差点の常盤陸橋
かつてその近くに架かっていたと思われる常盤橋(常磐)の一部は駒留八幡神社の境内に残る

常盤姫の霊を祀ったといわれる辨天堂

昭和58(1983)年に再建された常盤塚

世田谷区弦巻一丁目の常在寺にも常盤姫の霊を祀る石柱があった(文字が白いので見づらいが「常盤姫 霊」と彫ってある)

常盤姫が持仏の鬼子母神(拝観させていただいたが鬼女のお姿であった)を投げ込んだといわれる井戸の水は今でも湧いている。もちろん当時のままとは思えないが…

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